「日中戦争は、誰かが明確な意図に基づいて拡大をはかったものではない。日中戦争の拡大は、さまざまな要因の積み重ねの結果だった」
こう著者が記すように、日本ファシズムなるものが国民を欺き戦争への道へ引きずり込んだとか、東條英機のような軍国主義者が民主主義を破壊し戦争を主導したという「誰々が悪い」式の議論は、あの時代の本質を見誤らせる。
著者の注意は主に日中関係に向いている。陸軍が中国方面で暴走するのを、歴代内閣および天皇は必死に食い止めようとした。いかに中国と講和するか誰もが頭を悩ませ、米ソとの開戦も回避しようとした。東條も、最後まで対米開戦回避のために動く。
それでも日中講和には到らず日米も開戦、末期にはソ連も参戦するという最悪の事態に到る。
「日本ファシズム」「A級戦犯」などという言葉とは全く逆に、冷静に読めば誰かの首謀者が戦争への道をリードしたとは言い難く、首相の権限の弱さと内閣・議会・軍部の意見の不一致による混乱が、図らずも日中戦争を打開できず、日米開戦を回避できなかったというほうが正しい。
とはいえ、著者は戦前期の日本を「無責任の体系」と切り捨てることもしない。各指導者がその使命の範囲でギリギリの交渉を続けたことを、肯定も否定もせずシンプルに叙述しようとしている。詳しくは前著『日中戦争下の日本』を読むべきだろうが、民主主義的な手続きを経て、国民的支持のもと、真珠湾攻撃に到ったことを読みやすくまとめてくれている。全員に配慮を重ねる日本型意思決定の仕組みは戦前戦後も一貫して機能しており、その意味でメディアも国民もあの戦争の原因の一端を担っていることは間違いない。メディアと国民は、日米開戦を遅らせる東條に「ぐずぐずするな」というメッセージを発し続けた。そして東條は世論に打ち勝つ器ではなかった。
「世論を見ながら各陣営の意見を調整する」型のリーダーシップが、危機において国を誤ることは歴史が十分に証明している。