平岡正明は、私にとっては、学生時代、その難解な文章で、“jazz”と“革命”をオルグる危険な達人であり、“筒井康隆”や“若松孝二”、そして何より“山口百恵”を、卓越した独自の観点から論ずる硬派の論客であり、そして、末井昭の、あの伝説の「写真時代」に連載していた、上杉清文との、アナーキーで無責任極まる(笑)過激な対談「どーも、すいません」の中で見せる、ハチャメチャな笑いの粋人であった。就職し、カタギになってからは、平岡の読み物はなるべく避けて通るように心がけていたのだが(笑)、今回、朝日の広告で今書を知り、思わず購入。久々の平岡節に、懐かしさを覚えながら、一気に読み通した。これは、平岡の自叙伝とも言うべき作品である。内容は、彼が過去、多くの媒体でも語ってきた思想や観念、生き様が、ジャズ喫茶の想い出と共に、熱く、回顧的に吐き出される。私も、80年代、「いーぐる」、「マイルストーン」、「ちぐさ」にはよく通ったクチで、この本を読み続けながら、懐かしく、眼を閉じると、エリック・ドルフィーやホレス・シルバーの響が聞こえてきたりもするのだが、やはり、ジャズ喫茶の隆盛は、あの喧騒とした60年代から70年代前半こそであったな、と、今更ながら実感する。それにしても、「どんな感情をもつことでも、感情をもつことは、つねに、絶対的に、ただしい。」との名文で始まる「ジャズ宣言」が、東銀座の「オレオ」周辺で産声をあげたというのは、意外。