日独伊三国同盟の大きな問題点として、これを結んだことによって、日本だけ先に講和をすることができなくなったことを昭和天皇が「終始日本に害をなした」と批判していること(独白録、p.27)というあたりは新鮮。また、明治天皇がこだわったのは勝利だったが、昭和天皇は意志決定のプロセスを守ることにこだわった、というのも、なるほどな、と(p.176-)。
旧陸軍で「命令される側」は現場の中隊長、小隊長、分隊長、兵隊。大隊長以上が「命令する側」という話はリアリティありました(p.38)。
あと、特攻隊は、レイテ湾のマッカーサー部隊の上陸を阻止するために大和、武蔵を中心とした連合艦隊が総力をあげて突入する、その一時期だけ米軍の怪獣航空兵力を飛び立たせないように航空母艦の飛行甲板を使用不能にする、という限定的な戦法だったが、最初の敷島隊の戦果が空母一隻撃沈、一隻中破という過大なものだっために、全軍特攻へエスカレートしていったというのも、やりきれない話でした(p.128)。にしても、栗田艦隊はなんで突入しなかったのか…。
最後は東京裁判ですが、ハルノートに関してパル意見書の「こんなものを突きつけられたら,モナコ公国やルクセンブルク大公国でもアメリカに戈を取って立ち上がったろう」というのをパル博士オリジナルとして引用している専門家wもいるということですが、これはアルバート・ノックの文章がオリジナルです(p.196)。