『敗北を抱きしめて』(岩波書店)で、ユニークな日本の戦後史を発表している著者の歴史エッセイ集である。原著の刊行は1993年と、約20年前であるが、内容は古さを感じさせない。その新鮮さの秘訣は、戦争−平和、戦前−戦後、日本−アメリカ、聖−俗、歴史の表層−大衆の本音、のように、特定の固定観念から自由に、多元的な歴史分析を行っていることにあるようだ。
ひとつ例を挙げれば、第二次大戦中に、特高警察が必死に収集分析していた、「造言飛語」「不穏落書」が豊富に例示され、分析されている章がある。「一億玉砕」その他、官製の無数の国民鼓舞のスローガンの裏で、大衆(少なくともその一部)は、権力や戦争を呪い、罵倒し、民主的な国家の到来を希っていたことがよく分かる。戦時を知らない世代にとっては、「一億一心」なるスローガンが建前に過ぎなかったことを知り、救われる思いがする。戦争で甚大な被害を受けたにもかかわらず、かつての「敵国」アメリカの占領を受け入れ、歓迎した日本国民の一面が理解できる。
現在の日本で問題になっている、日米関係は、戦後史全体の中で解きほぐして行かないと解決の道筋がつかないことが本書によって良く理解できる。現在の問題の解決のヒントは、歴史の中にしかない、ということを改めて実感させてくれる良書である。