出版社/著者からの内容紹介
春まだ寒い北の原、トドマツの枯れた大地、そして流氷の海。白が基調の冷たい世界に、赤がかすかに浮かび、暖か味のある木原志保独特の白の世界が広がる。
出版社からのコメント
木原志保は長年予備校講師として教べんをもつ多忙な身でありながら、初春には決まって流氷を逐い、また夏には緑森なす屋久島や吉野川へと足を運んで日本画を描き続けてきました。まさに時を盗んで描き出した多くの作品には、大地のもつ生命感が貫かれています。
今回、白を基調とした作品、生命みなぎる緑の作品を選出して、「春寒」(しゅんかん)とタイトルをつけ刊行しました。
装丁も従来みられる画集ではない、日本的なものにしようとのことで、和紙を用いて和本装丁としました。題字は木原志保自身が版画で彫りそれを用いました。作品数18点、描かれた時の思いを随筆風に載せています。やすらぎとともに、生きることのすばらしさ、大地のもつ生命感に触れていただけると光栄です。
今回、白を基調とした作品、生命みなぎる緑の作品を選出して、「春寒」(しゅんかん)とタイトルをつけ刊行しました。
装丁も従来みられる画集ではない、日本的なものにしようとのことで、和紙を用いて和本装丁としました。題字は木原志保自身が版画で彫りそれを用いました。作品数18点、描かれた時の思いを随筆風に載せています。やすらぎとともに、生きることのすばらしさ、大地のもつ生命感に触れていただけると光栄です。
著者からのコメント
岩絵の具に強く惹かれている私ですが、構図や手法は伝統的な日本画にこだわらず、自由にその瞬間の空気と光と皮膚感覚を表現しました。日本画や洋画の枠を超えて「雰囲気」として楽しんでいただければと思います。
様々な色を下に重ねた岩絵の具の「白」は微妙で、印刷屋さんを泣かせたことと思います。岩や土、貝や金属などの天然素材の微粒子は、一粒一粒個性を持つのに彼らが一体となって(!)いく様にいつも感嘆しています。
つたない作品ですが、一人で寒風の中、心を研ぎ澄まそうと目を凝らしている私、熱い息をはあはあと手に吹きかけながら目の前の風景に釘づけになっている私の「その時」を感じてくだされば、と願います。志保
様々な色を下に重ねた岩絵の具の「白」は微妙で、印刷屋さんを泣かせたことと思います。岩や土、貝や金属などの天然素材の微粒子は、一粒一粒個性を持つのに彼らが一体となって(!)いく様にいつも感嘆しています。
つたない作品ですが、一人で寒風の中、心を研ぎ澄まそうと目を凝らしている私、熱い息をはあはあと手に吹きかけながら目の前の風景に釘づけになっている私の「その時」を感じてくだされば、と願います。志保
カバーの折り返し
油絵の魅力にとりつかれ、絵ばかり描いていた少女が大人になって描くことを忘れ、生徒達との交わりに日々を燃やし尽くしていました。
日本画の神秘に気づいたのは、ドイツで新たな眼で日本を眺望する機会を得た時です。それ以来、仕事のわずかな隙間をぬうように、描くことを楽しみ重ねてきました。
この画集は、私を育み、慈しみ、遠くから見守って下さった方々に、私の絵を観ていただきたい、その一心から出来上がりました。遠方のため展覧会に来ていただけない方、身体の不自由な方、すでにこの世を去った方もあります。
すべての人達への感謝を込めて。
そして、都会の喧騒の中で、私と同様に日夜忙しく過ごされている方々とも、一瞬のやすらぎを共有することができれば、幸いです。
日本画の神秘に気づいたのは、ドイツで新たな眼で日本を眺望する機会を得た時です。それ以来、仕事のわずかな隙間をぬうように、描くことを楽しみ重ねてきました。
この画集は、私を育み、慈しみ、遠くから見守って下さった方々に、私の絵を観ていただきたい、その一心から出来上がりました。遠方のため展覧会に来ていただけない方、身体の不自由な方、すでにこの世を去った方もあります。
すべての人達への感謝を込めて。
そして、都会の喧騒の中で、私と同様に日夜忙しく過ごされている方々とも、一瞬のやすらぎを共有することができれば、幸いです。
抜粋
屋久の森
(50号)第39回日春展
屋久島の縁が、毎晩のように夢に現れ、呼び声を聞く気がして、何度も島を訪れ樹々に藍に行きました。子供時代を自然の中で過ごしたことのない私にとって、また、ドイツで大自然に触れ学び、人々と自然について語りあった頃から「自然(じねん)」という語が憧れとなって、いつも私の中に存在するようになりました。あるがままの自然、いのちの営みのイメ-ジです。
生の確かな息づかい、歓び、湿った神秘の空気を何とかして描きたいと願いました。
(50号)第39回日春展
屋久島の縁が、毎晩のように夢に現れ、呼び声を聞く気がして、何度も島を訪れ樹々に藍に行きました。子供時代を自然の中で過ごしたことのない私にとって、また、ドイツで大自然に触れ学び、人々と自然について語りあった頃から「自然(じねん)」という語が憧れとなって、いつも私の中に存在するようになりました。あるがままの自然、いのちの営みのイメ-ジです。
生の確かな息づかい、歓び、湿った神秘の空気を何とかして描きたいと願いました。