以前、労働組合の役員をしていた時、上部団体のパーティがあり、その場に現れた民主党の現職の参議院議員に、民主党も改憲なの?と率直に聞いてみた。
答えは、9条に絞ったもので、1項は変えない、2項は変える、とのことであった。
集団的自衛権については意見が分かれ、もし外国に出兵する事態になった場合、あくまで国連決議を最優先する、とのことでした。
9条を変える、まあ、結構なことである。でもどうしても引っ掛ることがある。
この本の中で、歴史家ジョン・ダワーは、ベトナム戦争時のアメリカ軍のゲリラに対する「平穏化プログラム」は、中国戦線での日本の「三光作戦(殺し、奪い、焼きつくせ)」をモデルにしていた、という。
ゲリラと非戦闘員の区別なぞつかない。だからゲリラに協力していると見なした村は、根絶するため、焼き尽くしたのである。
民主化を標榜するアメリカ、大東亜共栄圏を主張した日本。侵攻された国の人間としたら、どちらも武器をもった凶暴な侵略者であることには変わりがない。
そして、イラク戦争。
日本は、アメリカを支援するため、「なにか違った名前を持つ」軍隊をイラクに派遣してしまった。
元CIA顧問の、チャルマール・ジョンソンは言う。
日本は第二次世界大戦の侵略行為に対して謝罪をしていない、といまだに批判されている。
しかし、日本は謝罪した、9条こそが謝罪だったのだ。
しかし不幸にも、アメリカとの同盟関係のせいで、その謝罪はしばしば蝕まれてきた。
そしていま、9条を破棄するなら、謝罪を放棄したとして、東アジアに重大な緊張をもたらすだろう、と。
個人的には、従軍慰安婦のことについて、いまさら頭を下げることが謝罪ではない、と思う。
スマトラ沖地震のとき、インドネシアの老人たちは、かつて武器を担いで駐留していた日本の軍隊が、今度は、水と食料を抱えてやってきたことに、とても驚いたという。
私達の子供たちが、日米同盟の名の元に武器を抱え、ふたたびアジアのどこかに侵攻するのだろうか?
黒い目をした日本人は、アジアが平和のなかで安定し、発展することをなによりも望むべきではないだろうか。
立ち止まって、考えてもいいと思う。