小林信彦の映画コラムは面白い、なんて事は今更言うまでもない事かも知れない。
そのマニアックな知識量とピリッと利いた辛口批評は、今や名人芸と呼べるのではないか。
その最新のコラムを集めたのが本書。自分が小林のコラムに初めて接したのが高校生の頃だから、もう35年近くも前の事になる。
この間、折に触れ、何らかの媒体で楽しませて頂いた。それだけでも凄い事だと思う。
読みやすい、趣味人である、蘊蓄が聴ける、目の付けどころが鋭い、言うべき処では苦言を呈す。
しかも、彼は作家であり、いわゆる映画評論家ではない。小西康陽や和田誠らと並び、良い意味で業界人ではないのだ。
本書の中でも、例えば、映画は作られた時代のムードが分からないと理解出来ないとか、アメリカは戦争をしていないとやっていけない国だとか、映画が好きな人間はジャンルによって観る映画館が決まっていたとか、共感出来る言説が多い。
かっての小林の言葉で、忘れられない名言がある。
ひとつは、映画好きは、ミステリー小説やjazz、落語も好きであり、それはつまり無駄ごと好きであると指摘した事だ。
もうひとつは、“人は幸福な時、映画を観るだろうか?”と言う事。
これには補足が必要だろう。今日では、映画館に行く行為と言うのは、美術館に行く様な文化的感覚であったり、デートの一環としての意味合いもあるが、自分が学生当時は、昼間の明るい時間から、映画を観ていた者などネクラの代表と思われていた。
自分は何をすべきか、誠実に映画に向き合う事が、世間から滑稽に思われて、乖離していく。
拘りや鬱屈を抱きながら、映画館の暗闇の中でスクリーンに対峙していた者のひとりとして、その言葉に、ハッと胸が衝かれたものである。