「太陽」に感銘を受けた人ならば必読の一冊。特に前半、ソクーロフと沼野充義(公開前、05年10月「新潮」)四方田犬彦(こちらは公開後)それぞれの対談が白眉。教養と洞察力豊かな両者との対話によって説き明かされるソクーロフの作家性とそのフィロソフィー。それは単に「太陽」をどう作ったか、という映画論を越えて、芸術とは?歴史とは?という不変のテーマを作品世界の深遠さとは違う形で、彼の言葉として読む者に投げ掛けている充実の対談である。川本三郎、佐藤忠男両氏の評論は映画批評家、というより映画ファンとしての感慨を率直かつ的確に代弁しているし、それを更に深く掘り下げた島田雅彦、渡部直巳、上野昇志の鼎談も充実している。アーロン・ジェロー、ジェレミ・シャニフスキ、ホセ・アラニスら外国人批評家の論文はやや晦渋ともいえるきらいがあるが、映画のもたらす一つの思想論、比較文化論としては一読に値するだろう。後半は、この作品について批判的な論が連なる。こういうデリケートな批評性を持つ作品だからこそ、賛否があってしかるべきだが、西部進他二人の鼎談はあまりに重箱のスミをつついて、それを歴史学的にこねくり回し過ぎだし、最後の桶屋秀昭に至っては、木を見て森を見ないが如くの的外れな反証に笑ってしまう。映画を映画として理解できない輩はどこにでも居られますね。