個人の力ではどうすることも出来ない矛盾や巨大な悪との対決といった「社会派」の必然性はなく、犯人探しの面白さ、あっと驚くトリックという「推理小説」の要素も皆無。さらに「警察小説」として組織の抱える諸問題を提起する、という面もなし。
硬質で感情を交えず、事実を積み重ねるという決まりごとを根底から覆すことでは、作者の「挑戦」は成功かもしれないし、古くからの愛読者離れも防いでいるかもしれない。
けれども、いくらなんでも現場の刑事が鍛冶場の情景を裏付けるためにベラスケスの絵を観にいかないだろうし、銅鐸の新規鋳造は新進気鋭の考古学者の新学説発表と結びつかないと、読者に情報をすべて与えたように見せかける「推理小説」のルールからは乖離してしまう。
「推理小説」とさえ自称しなければ、相変わらず巧みな心理と情景の描写には◎なのに、敢えて帯でアオる出版社の姿勢に激しく疑問を抱かざるを得ない。