登録情報
|
|
あなたの意見や感想を教えてください:
|
||||||||||||||||||||||
|
最も参考になったカスタマーレビュー
2 人中、2人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 5.0
“星新一”の心の声が聞こえる。あちこちで、じんと胸が熱くなる評伝でした。,
By
レビュー対象商品: 星新一〈下〉―一〇〇一話をつくった人 (新潮文庫) (文庫)
本書を執筆した動機として、著者は「あとがき」でこんなふうに書いています。<一〇〇一編を一作ずつたどりながら、物語が生み出された背景と理由を、そして作家の人生を書き留めたいと思った。子供のころにあれほど引き込まれた作家のことを自分は何も知らない。引き込まれたのに、物語の内容はまったく忘れている。それでも、心に落ちている小さなかけらがある。そのかけらの正体を見極めてみたかった。> 本文庫下巻 p.420〜421 私にとっても星新一のショートショートは、一時期夢中になって読んだ記憶があり、今はそのうちの幾つかを除いてその内容は忘れてしまっているけれど、確かに心の片隅にひっそりとしまわれているという思いがします。ふと振り返ってみればなつかしい気持ちに駆られるたくさんのショートショートを書いた“星新一”という人のことを知りたい、その人となりに触れてみたいと思って本書を手にした訳ですが、その期待に十分こたえてくれる、これは実に読みごたえのある評伝でした。 SF同人誌「宇宙塵(うちゅうじん)」の集まりの席で、レイ・ブラッドベリの短篇「万華鏡」(『刺青の男 (ハヤカワ文庫 NV 111)』所収)のあらすじを、星新一が紹介するのを聞いたみんなが「すごいなあ。すごいなあ」としびれる件り。「宇宙塵」の創刊二十周年の一、二年前に、新一がひょっこり、「宇宙塵」編集長・柴野拓美の家を訪ね、少しだけ話をして、お茶飲んで帰っていく件り。星新一のファンクラブ「エヌ氏の会」で開かれたイベント「星コン」第一回目に参加した新一とファンの交流を記した件り。星新一の葬儀の席上、盟友・筒井康隆が語った追悼の言葉の一節を引いた件り。月のきれいな夜、タモリの別荘で、ドビュッシーの「月の光」をアレンジした冨田勲の音楽を聴きながら、新一が目に涙を浮かべる件り。 この下巻では、新一をめぐるそうした印象的な逸話があちこちにあり、目頭が熱くなりました。 <遺品を検証しつつ人の生涯をたどるのは初めての仕事である。ときに情念が乗り移り、作家の怒りや苦しみがまるで自分自身のもののように思え、腹の底からこみあげてきたこともあった。> p.422 「あとがき」にて と語る著者の言葉にあるように、作家・星新一と人間・星親一の屈折した思い、ショートショートの第一人者たらんとする自負と人知れぬ寂しい気持ちまでもが伝わってくる文庫上下巻、評伝の労作に感謝! 星新一の初期の短篇集を、久しぶりに読み返してみたくなりました。
2 人中、2人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 5.0
作家としての苦悩、そして一〇〇一編,
By
レビュー対象商品: 星新一〈下〉―一〇〇一話をつくった人 (新潮文庫) (文庫)
アッとおどろく発想。みじかいセンテンスをかさねた、平易でクールな文体。エヌ氏に代表される、無個性な登場人物。暴力とセックス、時事風俗をはいした作風。 そして、シニカルな世界観。 そんな特徴をもった物語を千以上つくり、それがいまなお読まれる作家、星新一。 本書は、そんな彼の生涯にせまった評伝の下巻である。 下巻にはいると、小松左京、筒井康隆をはじめとする日本SFの第一世代も出そろい、 話はにぎやかになっていく。 後半になると、タモリという意外な人物や、弟子も登場する。 彼らの証言をとおして、星新一の発想、作家としての自負を知ることができる。 また、星新一と彼らの交友録は、読んでいてたのしいし、興味深いものだ。 しかし、文壇の無理解、量産によるマンネリ、読者の低年齢化による子供むけ作家のレッテル。 SFの浸透と拡散による、SFとして孤立する自身の作品。 それらが星新一に、作家としての苦悩をしいていく。 そして、星新一が、作家としての存在価値をかけた一〇〇一編。 その挑戦と結末は、上下とおしていちばんの読みどころであり、 著者の冷徹な筆がもっともひかる部分でもある。 ところによっては粘着質であったり、感情過多な部分もなくはないが、 星新一という人間と格闘し、肉薄した著者だからこそ、書くことのできた本であろう。 日本SFの礎をきずき、ショートショートに人生をささげた人間の記録である。 労作であり、傑作だ。
4 人中、3人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 5.0
渾身の力作,
By
レビュー対象商品: 星新一〈下〉―一〇〇一話をつくった人 (新潮文庫) (文庫)
星新一の評伝下巻。作家・星のデビュー以後が描かれる。将来、新しい事実が判明することはあっても、総体として本書を超える規模と質の作品が現れることはないと思えるほど、精緻で巨大な仕事である。但し、終盤ではずいぶん感情的な表現が目立つ。「東京大学応援部物語」でも感じた欠点である。脱稿間近の安堵感がそうさせたのか。披露宴の司会者が宴の終わりに泣き崩れてはいけない。それと同じこと。1. 数年前。 「これが和文の論文の200本目になるのですよ」 「先生、N(エヌ:量)で勝負してませんか?」 医学の世界では原著論文の質と量とが偉さの基準である。大事なのは外国語論文。日本語の論文、とりわけ総説などは評価の対象にもならない。それを私は20年以上書き続けている。だから、もちろんその歴史的意義の大きさには無限の差があるけれど、星の作家としての境遇が多少は身につまされた。「先生の医療への貢献度は非常に大きいと思いますよ」と誰かが言ってくれても、大向こうは見向きもしない。この私でさえ徒労感がある。私より何桁か大きな憤懣を、星は終生抱えたのではなかったか。同時にまた、Nを稼ぐこと自体に、モチベーションの源泉があることも事実である。星にとって最後の200編ほどは、一歩でも前に進むという、マラソンや登山に似た感覚があったのではないか。 2. ショートショートの価値をいくら力説されても、日本では無理ではないか、というのが私の思いである。文学に親しむほどの日本人は昔も今も勤勉なのであり、(多くの場合、乏しい時間をやりくりして)苦労の末長い作品を読み終えて初めて満足するメンタリティを持っていると思う。人生を楽しむ余裕がないと、この形式には馴染めない。子どもと若者が読者の中心、というのは、だから非常に理解できる。もったいないことではあるのだけれど、この世知辛い国、それをまず何とかしなければ。
あなたの意見や感想を教えてください: 自分のレビューを作成する
|
最近のカスタマーレビュー |
|
|
|