本書は2006年に出版されたのだが、原著 "An Ocean in Mind" は1987年の出版で、扱われているポリネシアの伝統航法によるハワイ−タヒチ往復航海は1980年に行われたものだ。新刊書なのに内容的にはえらい古いので初めは違和感を持った。航海で使われた「ホクレア号」が2007年に来日すると言う事で出版されたのであろうか。
ホクレア号の航海は、ポリネシアの人類の放散過程が、遭難等の偶然に依るものか、それとも、意図的な遠洋航海に依るものかの論争に決着をつけようとしたものだ。遠洋航海で小さな島に到達するためには、緯度、経度、方位を正確に知る必要がある。西洋航海術では緯度は六分儀による天測、経度は天測と正確な時計、方位は(特に曇天時の)磁石を用いる事でこれが可能となっている(現在ならGPS一発で全部分かる)。それらなしに例えばハワイ−タヒチ間を航海することは長らく不可能と考えられて来た。しかし、1976年にポリネシアの航海師マウのナビゲーションでホクレア号がタヒチ−ハワイ間の航海に成功して、意図的放散派が力を増していた。
ただ、そのナビゲーションがどのような原理で行われているかは、西洋的な説明に慣れないマウから詳細を聞き出せなかった。そこで、ポリネシア人の血を引き西洋の教育の元で育ったナイノア・トンプソンが航海師となるべく訓練をし、もう一度行ったのが1980年の航海だ。その結果、ポリネシア航海術は十分な精度でナビゲーションが出来ることを再度証明するとともに、その航海術の西洋的な理解が進んだのだ。
ポリネシア航海術で用いられるのは、やはり天測が中心だ。緯度の測定には基本的には星の高度を用いるのだが、「二つの星が同時に昇る/沈む」という観測で極めて精度の良い決定が出来るというのは感心した。方位は、水平線上にある星を用いる。もう一つ感心したのが、方位決定にうねりを使う手法だ。太平洋では例えば南氷洋でできたうねりが長距離つたわることが知られている。この波の方位は安定していて、船の方位決定に使える。問題は他の波と重なっているのを見分けるのは極めて難しそうだが、訓練された人間の感覚で見分けられるというのは、ありそうな話で、曇天での方位決定という問題がこれで解決する。航海師マウは船の船倉で揺れを感じているだけで、船の方位が分かると言う。
経度については、一定の方位である緯度まで進んで、それから方位を転換することで、経度の計測無しでも航海は不可能ではない。目的の島の緯度に島の風上側で到達するように航路を設定して、その緯度に達したら緯線に沿って風下へ進む事で島を発見する。それで島が見つかるかと言うと、海水、鳥、波を注意深く観察すれば島の影響領域は広く、100km離れていても島の方位を知る事ができるという。西洋文明に毒された我々は過去の技術を過小評価しがちであるが、復元できてみると極めて高度だし面白いという典型の一つである。
このレビューでは技術的な面のみを取り上げたが、ナイノアが航海術を獲得して行く間の人間模様、航海の記録、そしてプロジェクトの危機など、記録文学としても非常に面白い。翻訳もこなれていて読みやすく、お薦め。ただ、タイトルは原著のロマンが失われているように感じて少し残念。もっとも、『心の中の海』というタイトルでは手に取る事もなかっただろうから、適切なタイトルなのかもしれない。