登録情報
|
私が最初に出会った本は「アルケミスト」でした。私は、この物語に、人生のすべてがあると思いました。それ以上何も言えないほど強く感動したのです。それから「第五の山」を読み。「ピエドラ川のほとりで私は泣いた」を読みました。
これらの本のすべてに共通するのは、日常の中の奇跡と、すべての答えを自分自身の心だけが知っているということです。
そして、物語の主人公達は、はじめは私たちと変わらない身の丈です。「アルケミスト」の主人公サンチャゴは、羊飼いで旅を夢見る普通の少年であるし、「ピエドラ川のほとりで私は泣いた」の主人公ピラールも田舎の片隅で、安定した生活を思い描いている普通の女性です。いまの日本でも、あちらこちらで見ることができる人々のようでもあります。しかし、彼、彼女らの変容は、実にすばらしいのです。ほんの小さな日常の出来事が、徐々に、別の世界の領域へと導いてくれます。そして一見到達できそうもないような複雑で難解なものが答えではなく、真実は至ってシンプルなものだということにも感動します。
人生の変化は、なんでもないようなところから始まります。羊飼いの少年は、本を読んでいるときに、隣に座ったおじいさんとの出会いでした、ピラールの場合は、幼なじみから受け取った一通の手紙から、それぞれの旅をはじめたのです。そして、自分自身の内なる声に耳を傾けるのです。というよりも、今までごまかしてきたけれども本当はこういう自分でありたいというもう一人の自分の自己主張を知らないふりをしてはいられなくなるのでしょうね。
星の巡礼では、たくさんの実習が出てきます。生きたまま葬られる実習では「何度もあとでいつでも出来るからと思って、自分のやりたいことをやりそこなった」ことをパウロは思い出します。その言葉に私の生活や、考えが次々と重なってゆきます。それはピラールの姿にも見られます。彼女は、「私は、毎日毎日ただ自分を縛り付けるものを得るために、超人的な努力をして」いると感じます。
人が未知のものを恐れるのは、正体のない自分を作り上げた不安の影におびえているからなのだと思いました。その不安を克服するために、今を犠牲にしたり、そのことについて、正当化するだけなのだということを感じました。
アルケミストの少年のように夢を見続け、それを実現し、ピラールのように、愛によって自分自身を発見し成長させ、星の巡礼の長い旅を続けた作者自身のように、人生に勝利をもたらせるよう、冒険しながら神秘を体験できるなんて素晴らしいことだと思います。私はこれらの本の宗教的な静けさが好きです。特定の宗教を持ってはいませんが、神を信じることが出来る人生というのは、私たちに自己実現や豊かさをもたらすものだと思います。また、宗教について、神への仕え方は多様であり、またどんな名前で呼ばれようとその存在が変わらいものであるということに私はそれが非常に自然なことだと思えました。
宗教による対立や、民族紛争は神の名がひとつであることに固執する人間の勝手な解釈なのではと思います。宗教教育が存在する国では、神はうちに存在するのではなく、外に存在しているから自分の心に平和を見出せないのではないでしょうか
|
この商品のクチコミ一覧
クチコミを検索
|
関連するクチコミ一覧
|
|
|
|