「学問」という本があるが、それに類似しているが対比してみれば、
徹底的にスタイルとして英語の漢字の語源を辿るような手法で政治・
文化・社会・経済の重要と思われるキーターム(鍵概念)108個が多少前後の
文章に結合的連結的に書かれている。
一つの単語に、2.3ページの短い柔かな文章ながら、その奥行きはいつも通り
深く広く、意味のあるいは価値の込もる内容密度はハンパではない。
それゆえに、歴史感覚や伝統意識の薄弱な現代に生きる読者は置いてきぼりを
くらい、漸進的に落ち着いてゆっくりとしか内容を掴めない本
であろうとおもわれる。
それは、今まで難しい事を読者に分かり易い文章を書いてきた著者には珍しく、
もう新奇の読者を獲得するより、あるいは今までの読者にさらに知識や知恵を与える
というよりも、「西部邁の本領」を自由に発揮してやろうという、若さの表れで
特有であろうかという「野心」めいた新鮮さを私は感じずにはおれなかった。
革新的なものを抱えた、真正保守思想家西部邁は、私の予想を超えて、歳に似合わず
どんどん聡明さを増している、恐ろしい人物であることを再確認せずには
おれない、と思ったというのは本当のことである。いや、それは新刊を買う度に
思い直されることから、彼はやはり稀有な思想家で一人の老人であり、私には評すのに難しい変な人物としてしか映らないのが、本当の本当であるということだ。