ストーリーの全体としては主人公の「ぼく」が誰かに説明しているような語り口だなと思った。前半も同様の語り口なのだが、私にはストーリーがあるようでないようなふわふわと浮遊しているような印象をだった。後半からは徐々にストーリーの様相を呈していき、地に足が着いた印象だ。
その後半からはこの分解してしまった火星が歪んで存在しているこの世界が、火星に向って飛行している宇宙船内で冷凍睡眠状態にある者たちの夢である事が徐々に明かされていく。そして「ぼく」こそがその宇宙飛行士の内の一人であることもだ。
前半で受けた浮遊した印象とはまさに夢そのものに思える。それを作者は上手く表現している。
また、SFの世界と日本昔話の世界をマッチさせたのはまさに作者の才能としか言いようがない。ストーリーに頻繁に出てくるタヌキ達も愛らしくとても印象に残る。
最後に「ぼく」の「彼女」について、夢の中すなわち分解してしまった火星の歪んだ世界での彼女は度々登場するが名前が出る事はない。それは主人公にとってもそうである。ちなみに名前が出てくる登場人物は極僅かである。その彼女なのだが、現実の世界では故障した宇宙船を直す為に冷凍睡眠から目覚め、宇宙船を直しておそらく死んでしまっている。主人公ぼくが夢から現実へ目覚める列車の車内でいくら彼女の名前を思い出そうとしても思い出せない。仕方がない彼女とは初めから同じ世界に乗っていなかったのかもしれない。せめてさよなを言いたいのに、誰に言えばいいのかすら解らないという所では私に涙を誘った。
なおこの作品は
【第4回(1992年)日本ファンタジーノベル大賞(優秀賞)】受賞作。