L・ハーンの性格を適切に表現する名称を知らない。しいて言えば、冥府の詩人又は天上界の弁護士とでも云う外にないようです。内的に重いものを持ち続けているのは、その持って生まれた素質なのか?成長期の心の環境なのか?じつさい、わからないのだ。ハーンの精神を規定しているのは、孤児同然で育ったこと、勿論ハーンを愛していた祖母はいたが、その祖母とて、ありふれた普通のいなか風の祖母ではない魔女的なのだ。逸話によれば、幼少のころ、ハーンは天空に真昼の星や、一人で押し込められた寝室の暗い部屋でしばしば幽霊を見ることが多かったという。恐怖に髪の毛が逆立ち、幾ら叫んでも祖母は、閉じ込めたその暗い寝室の鍵を開けることはなかったという。幻視者としての性格は、そのころに形作られたのだろう。アイルランド・カトリックの有名な学院に入れられ、そこで青年期を過ごした。ハーンは、その学院をきらった。左目を失ったのは、その学院での休み時間のことだ。アイルランドですごした時間は、自分がアイルランドとギリシアのハーフとして、たぶん幾重もの孤独と疎外感でいっぱいであった事だろう。
不思議なことは、この子がいわゆる不良にならなかったことである。親に捨てられ、疎外感と肉体的劣等感に苛まれたとするのならば、さしずめ、現代の日本では、「りっぱな不良少年」に、なるのが落ちであろう。不良少年になるには、ハーンの知能は余りにも秀でていたからか?それとも、あまりにも恐ろしい冥府を見てしまった為か?アイルランドでは、カトリックの「セント・カスバートカレッジ」で、過ごしているが、ハーンの能力を考慮した場合、むしろ、プロテスタントの「トリニティ・カレッジ」に、入学したほうが、好いように思える。しかし、それは祖母が決めたことで、ハーンの選択ではない。それは、おそらくハーンの人生を変えた可能性がある。
フランスを放浪し、アメリカで作家となり、日本人として生涯を終える事は無かったかも知れない。ハーンの人生を見つめると、彼は、ギリシア人でもアイルランド人でも、況して日本人でも無かったのではないか?もっと極端なことを云えば、キリスト教徒でも仏教徒でもなかった。ある特定の国にその根を張ることの出来なかった人であり、コスモポリタンと呼んだ方が適切な感がする。別な本、「光は東方より」の中の一説である、「鏡の本から」は、何か得体の知れないものを感じる。それはW・ブレイクやR・シュタイナーを遥かに超えているし、F・カフカを何十年も先取りしている。