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18 人中、18人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 5.0
日本の社会史を学べる本,
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レビュー対象商品: 明治大正史 世相篇 新装版 (講談社学術文庫) (文庫)
本書を読んで、自分があまりにも過去の日本人の暮らしを知らないことを思い知った。また、なんとなく遠い昔から続いてきた日本の伝統と思っていた事柄の大半が、明治大正のいわゆる近代になって普及したものだということも教えられた。著者は膨大な時間を費やして過去の新聞記事を読み込み、明治大正期の一般庶民の日常生活を細部にわたって再現していく。明治大正60年間に起こった庶民の生活様式の変遷を「固有名詞をできるだけ避けて私たちの眼前に現れては消える事実のみで描き出そう」とする本書の試みは、全く新しい「常民」の社会史の試みであり、なおかつ現時点からみれば明治大正期の一般庶民の暮らしを知ることができる貴重な記録である。 ただ解説でも触れられているように、日本人の生活様式が激変した高度経済成長期以降の世代である私にとっては、意味が理解できない箇所も多々あったので、詳しい注を付けて貰えればなおよかったと思う。ちなみに平凡社東洋文庫版では、原本に載せられていた写真が転載してあり興味深い。選挙公約らしい文章が書かれた黒板を子どもたちが眺めている写真が「一等むづかしい宿題」というタイトルになっているのには思わず笑ってしまった。
3 人中、3人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 4.0
明治大正の「孤立貧」と平成の「無縁社会」,
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レビュー対象商品: 明治大正史 世相篇 新装版 (講談社学術文庫) (文庫)
「かつて柳田国男は、災害や不幸や貧困に共同で対処する『共同防貧』の構えがわたしたちの社会のなかからしだいに消えていき、それらを『説くに忍びざる孤立感』のなかで耐えるしかなくなった『孤立貧』の蔓延を、社会の深い病理として憂えたことがあったが、阪神・淡路大震災後の復興過程で、まさにそのことが問われたのだった。」以上は、「心の傷を癒すということ」(安克昌著)の書評として哲学者の鷲田清一氏が書いた文章の一節である。 NHKが2010年に「無縁社会」を世に問うた時、私はそれが全く新しい現代の社会病理だと思っていたので、1996年に安克昌氏が「心の傷を癒すということ」の中で品格のあるコミュニティーの構築について訴えていたことを知っただけでも驚きだった。しかし、それよりもずっと前の1930年に出た本の中で、柳田国男が「孤立貧」という言葉を使って同じような問題提起を行っていたことはもっと驚きだった。鷲田氏が引用するほどの本ならば、一冊通して読んでみようと思ったのが手にした動機である。 上記のまさに該当の箇所といえば、全15章の中の「12章 貧と病」になる。しかし、私と同じようにコミュニティーのあり方に関心を持って本書を手にされるならば、「8章 恋愛技術の消長」以降の後半全部を読むことをお勧めしたい。ちなみに、巻末の解説で「格調高い」と評される前半部分は、鶉(うずら)の鳴き声の風雅と椿の花の艶色とどちらが優っているか、という話に始まって、私のような特定の動機をもった読み手にはどうでもいい内容が延々と続き、読んでいて苦痛というのが正直な感想だった。 特に考えさせられたのは以下の部分である。本書を手にする前は、無縁社会では何らかの形の見える常設的な縁を紡ぐことが必要だと思っていたのだが、労働組合等の組織・グループを構築できたかどうかという形式にいたずらにこだわることよりも、組織・グループの有無に関係なくまさに目の前にいる友人・知人、何かの縁で袖振りあった人を我ならぬ我ととらえて共苦できるような豊かな精神性を養うことの方が先決であり、そのことに少しでも多くの人が心付くことが大切なのではないかと考えさせられた。それから、前々から感じていたことだが、人は人生のマイナス面を経験してはじめて人間性を完成させられるのだから、たとえ不遇でもいつかその経験が誰か同じように困っている人の役に立つと思うことで気が楽になることや、ことさらにいわゆる成功している知識人の成功話を崇める必要がないことなどの思いを強めることになった。それは実践の極めて難しい宗教的な境地であり、現実とは別の単なる理想でしかないのかもしれないが、人間の可能性への期待は容易には捨てられないのだ。 「一方にせめて自分の家の一群だけは、まず救われたいと希う者が多いと共に、他の一方から困苦はわれ一人に集まっているかのごとく、考えて世を恨んでいる者も非常に多いのである。異郷他人の知識がいま少し精確になり、しばしば実情の相似ている貧窮が、地をかえ時を前後して発現していることを学ぶのが、今では自己救済の第一着の順序となっているかと思う。」
3 人中、3人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 5.0
目に見えるものと目に見えぬもの,
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レビュー対象商品: 明治大正史 世相篇 新装版 (講談社学術文庫) (文庫)
今日、悲惨な事件や様々な社会問題がニュースを賑わしており、それらに対する対策も検討されていますが、目の前に横たわっている社会問題そのものよりも、問題に直面しているのに気付かず、事件が起きて初めて気付く、ということが、実はより一層深刻なのではないかと思います。私たちは直面しているものに、あるいは直面しているということ自体に、気付きをもって接することができなくなっているように思います。 この本において柳田の少年のような感受性・問題意識は、何より日常の緩慢で変化の少ない物事に光を当て、その本質を気付かせてくれます。 第1章に「眼に映ずる世相」を持ってきて、その後に私たちの嗅覚に関する考察が続くというのは、まったく素晴らしい采配だと思います。そして最後に「群を抜く力」を持ってきて「生活改善の目標」で結んでいます。これはこの本が、「こんな不幸があった、あんな不幸があった」という世相史で終わっているのではなく、一貫して人間の本質に迫ろうとする意図があることが伺えます。一見すると様々な事象を並べ立てているように見えますが、実はそれらのことを通じて、その背後にあるものを浮き彫りにさせようとしているのです。明らかにこの本は、よくありがちな「資料」ではありません。 この本の素晴らしさは、答えが書いてあるとか何かが解決するとかではなく、読んだ人自身が変わるというところにあると思います。そして内容が専門的ではないということ。それは識者や専門家を想定したのではなく、広汎な人々を対象として書かれたものであり、当時誰でも目にし、体験できたものを採り上げて書かれています。 それでもなお、この本の読みにくさというのは、ひとつにはやはり書かれた年代によるもの、例えば「実験」という言葉が今日とは違った使われ方をしている所にあるでしょう。 そして重要な記述ほどさりげなく書かれているということ。なんだか柳田という人物がすごく高慢で不親切な人物のような感じを受けますが、これは柳田が敢えてこのような文章にしたのだと思います。それは些細な物事に気付く能力、これこそが生きる力だからです。 柳田の文章の巧みさや美しさなどは、以上のことに比べたら茶道具のようなものと言っていいのではないかと思います。
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