Would you like to see this page in English? Click here.


または
1-Clickで注文する場合は、サインインをしてください。
または
Amazonプライム会員に適用。注文手続きの際にお申し込みください。詳細はこちら
こちらからも買えますよ
この商品をお持ちですか? マーケットプレイスに出品する
明治十年 丁丑公論・瘠我慢の説 (講談社学術文庫 (675))
 
 

明治十年 丁丑公論・瘠我慢の説 (講談社学術文庫 (675)) [文庫]

福沢 諭吉
5つ星のうち 4.7  レビューをすべて見る (3件のカスタマーレビュー)
価格: ¥ 672 通常配送無料 詳細
o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o
在庫あり。 在庫状況について
この商品は、Amazon.co.jp が販売、発送します。 ギフトラッピングを利用できます。
6点在庫あり。ご注文はお早めに。
2012/5/29 火曜日 にお届けします! 「お急ぎ便」オプション(有料)を選択して注文を確定された関東エリアへの配達のご注文が対象です。詳しくはこちら

キャンペーンおよび追加情報


よく一緒に購入されている商品

この本と文明論之概略 (岩波文庫) ¥ 945 をあわせて買う

明治十年 丁丑公論・瘠我慢の説 (講談社学術文庫 (675)) + 文明論之概略 (岩波文庫)
合計価格: ¥ 1,617

在庫状況の表示

  • 対象商品: 明治十年 丁丑公論・瘠我慢の説 (講談社学術文庫 (675))

    在庫あり。 在庫状況について
    この商品は、Amazon.co.jp が販売、発送します。
    通常配送無料(一部の商品・注文方法等を除く) 詳細

  • 文明論之概略 (岩波文庫)

    在庫あり。 在庫状況について
    この商品は、Amazon.co.jp が販売、発送します。
    通常配送無料(一部の商品・注文方法等を除く) 詳細



商品の説明

出版社/著者からの内容紹介

近代日本の代表的な思想家福沢諭吉は、本書「丁丑公論」において西南戦争の賊軍の首魁であった西郷隆盛を、西郷の行動は横暴に対する抵抗であったと弁護し、明治新政府を痛烈に批判した。また「瘠我慢の説」において、明治維新の際、徳川幕府側に在って歴史的な役割を演じた勝海舟と榎本武揚の2人をとりあげ、その挙措と出所進退を批判した。福沢諭吉の思想のバックボーンをなす抵抗精神と自由独立の精神を知る上に不可欠の書。

著者紹介

1835年豊前中津藩に生まれる。大阪の緒方洪庵の適塾で蘭学を学び、58年江戸で蘭学塾を開設。59年英学に転換。幕府使節に随行して3度欧米に渡る。68年塾を慶応義塾と命名。近代日本を代表する思想家、教育家。1901年没。著書に『学問ノスヽメ』『西洋事情』『文明論之概略』『福翁百話』『世界国尽』などがある。


登録情報

  • 文庫: 146ページ
  • 出版社: 講談社 (1985/3/6)
  • 言語 日本語
  • ISBN-10: 4061586750
  • ISBN-13: 978-4061586758
  • 発売日: 1985/3/6
  • 商品の寸法: 14.6 x 10.4 x 1 cm
  • おすすめ度: 5つ星のうち 4.7  レビューをすべて見る (3件のカスタマーレビュー)
  • Amazon ベストセラー商品ランキング: 本 - 89,448位 (本のベストセラーを見る)
  •  カタログ情報、または画像について報告



この商品につけられているタグ

 (詳細)
タグをクリックすると、タグがつけられた商品、タグをつけた人が表示されます。※タグは初期設定で公開になっています。詳しくはこちら
 

 

カスタマーレビュー

最も参考になったカスタマーレビュー
5 人中、5人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
By 麒麟児 トップ500レビュアー VINE™ メンバー
形式:文庫
読むのに骨は折れますが、西郷隆盛や勝海舟、榎本武揚の行蔵批評を通して「抵抗精神」と「潔い出処進退」の本義を説いた近代日本の名論説。今日の世相や我が身の日常に照らしても、考えさせられること大であった。

併せて収録された「旧藩情」という論説も、中津藩を題材に幕末における身分制度の卓抜たる批判として読み応えあり。これを読むと、門閥制度を厳しく批判しつつも、「武士」階級の美質にこだわり続けた彼の心根がよく理解できる。そして、畢竟その認識が彼をして「丁丑公論」と「瘠我慢の説」の二編の筆を執らせたものと思われる。

「今後期するところは士族に固有する品行の美なるものを存して益これを養い、物を費すの古吾を変じて物を造るの今吾となし、恰も商工の働を取て士族の精神に配合し、心身共に独立して日本国中文明の魁たらんことを期望するなり」(126頁)。「有形なる身分の下落昇進に心を関せずして、無形なる士族固有の品行を維持せんこと、余輩の懇々企望するところなり」(131頁)。これらなどは、今日の経済人にも正に拳拳服膺願いたい一文ではなかろうか。
このレビューは参考になりましたか?
1 人中、1人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
形式:文庫
福沢諭吉の西南戦役論、日本人の外交の基本姿勢論、および学問の重要性についての極めて説得力と迫力のある評論である。
恥ずかしながら古希近くまで馬齢を重ねていながら初めて読んだ。(斜め読みですが・・)
現代の言論人の緻密ではあるがどこか線の細い論旨とは異なり、魂の真底から考え抜いた評論であり、現代の混迷した社会で十分に有益な内容と思えます。出来るだけ多くの人に読んで欲しい本と思います。(八王子の素老人)
このレビューは参考になりましたか?
形式:文庫
「瘠我慢の説」という書は、夫々、福沢諭吉の身内向けの書簡だったらしい。

福沢は、元徳川家直参旗本でありながら、かつての仇敵であるはずの島津家、毛利家の旧臣らに混じって甘い汁を吸いつつ、のうのうと生き存えている勝海舟と榎本武揚、この二人の変節ぶりに苦言を呈しているのである。とくに榎本に対しては辛らつである。

箱館五稜郭に籠もり、勝手に「蝦夷共和国」なる国家を創設し、錦旗に叛いた賊将であるのだから、榎本の極刑は十中八九確定であった。福沢は親戚関係※1もあったのかもしれないが、やはり榎本の徳川家への熱い忠誠心に打たれのであろう、そして彼のような人材を失えば日本の近代化は遅れると考えたのであろう。榎本成敗の旗頭でありながら、同じく榎本の才能に惚れ込んでいた黒田清隆と相計り、東奔西走、八面六臂の大活躍をし、榎本を救済したのは、まさに、福沢諭吉、その人であった。福沢はこの時点では、「武士道の為に敢えて一戦を試みたる」榎本を「天晴の振舞」と賞賛した。また福沢が、黒田が不祥事を起こした際、榎本ともにその火消しに当たったことは有名である。

しかし榎本は偉くなってしまった。「釜さん」「和泉守」→「大臣」「子爵」。大出世。しかし、なんたる無節操。島津、毛利の臣とお友達である。福沢は裏切られた気持ちであろう。相当むかついたことであろう。「俺がお前の助命嘆願をしたのは、お前の出世のためではないぞ、榎本よ」と。その悔しさの発露がこの書である。本来なら榎本は政府に出仕などせずに、出家でもして戦没者の供養などし、簡素な生活を送るべきだと批判し、榎本のサクセスストーリーを全否定した。

山田風太郎は名著『人間臨終図鑑2』において、榎本は「義と侠の旗の下に、五稜郭で、三十三歳で壮烈な死をとげていたら、あるいは彼こそ、維新の風における最大のヒーローとなり、それどころか永遠に日本人を鼓舞する幾人かの抒情詩的英雄の一人として残ったのではあるまいか」と言っているが、その通りだと思う。山田風太郎も福沢のこの「瘠我慢の説」を評価している。

近代日本における最大の知性の一人で、啓蒙思想家である福沢諭吉が、「武士道」などという彼じしんがもっとも嫌っていそうな古俗にこだわっているかと思うと、少しくおかしい。と、ともに、ドライでクールな合理主義者というイメージの強い彼にも、そんなウェットなところがあったのだなあ、と思い、うれしくもなった。そんな福沢諭吉も嫌いではない。

どうでもいいが、大鳥圭介はいいのか?

※1
福沢の妻の錦の実家・土岐家と榎本の母の琴の実家・林家は遠い親戚にあたる。
このレビューは参考になりましたか?
カスタマーレビューの検索
この商品のカスタマーレビューだけを検索する

クチコミ

クチコミは、商品やカテゴリー、トピックについて他のお客様と語り合う場です。お買いものに役立つ情報交換ができます。
この商品のクチコミ一覧
内容・タイトル 返答 最新の投稿
まだクチコミはありません

複数のお客様との意見交換を通じて、お買い物にお役立てください。
新しいクチコミを作成する
タイトル:
最初の投稿:
サインインが必要です
 

クチコミを検索
すべてのクチコミを検索
   


リストマニア

リストを作成

関連商品を探す


同じキーワードの商品を探す








この本は、それぞれの上記のテーマに含まれています。

フィードバック


Amazon.co.jpのプライバシー ステートメント Amazon.co.jpの発送情報 Amazon.co.jpでの返品と交換