五代目尾上菊五郎が明治時代に初演してほとんど再演のなかった(しようのなかった)演目に関する本です。五代目菊五郎とその共演者(@市村座)にフォーカスしているため、この本を読んだからといって歌舞伎がわかりやすくなるわけでもありません。
ニッチな演劇史どころか、誰も虫干しさえしてこなかった史実を多様な資料からまとめた力作であることには敬意を表したいと思います。また、小説にできるようなアイディアがこれだけ詰まっている本も珍しいと思えるのですが、ノンフィクションならでは良さと、ノンフィクションならではの限界が表裏一体のもどかしさを感じました。
章によっては文章としての流れが良く、わかりやすい一方で、章によっては雑多な事実や逸話の羅列になっていたりで、編集の弱さが難。これだけの分量でも、おそらく著者が調べ上げた史実を厳選しているのでしょうが、史実を述べるにあたって、読者がこれは役者の視点、見物の視点、社会的な事象など「文法的」に混乱しないようにすべきなのだが、時代背景と芝居の国とを行き来せずにはいられない内容のため、乗り物酔いに似た気持ちになり、芝居好きだからこの本を手に取ったのに、芝居の部分に集中させてもらえかったもどかしさも感じます。
例えば、「高橋お伝」に関する記述で、著者は死後、解剖されて標本として保存されたのではないかというお伝の体の一部について必要以上に繰り返していますが、そういった粘着性を適度にほぐして、論文ではない一般向けの書籍としてまとめるのが出版社なり担当編集者の仕事だと思うのですが、段落ごとに主語/視点がめまぐるしく変化しているページの多いこと。じっくり芝居の内容について「見せてくれる」前半に比べ、引用の羅列が激しい後半に違和感を覚えた。
五代目菊五郎が観客を悦ばせたように、著者も読者のことを少し考えるべき。着眼点や充実した資料からの引用、写真の多用など、独自性は賞賛に価しますが、プレゼンテーションで損しているのが惜しい。