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その巧みな心理描写が素晴らしい漱石ですが、この「明暗」とそれまでの小説と決定的に違うのは、その心理描写が主人公だけでなく、脇を固めるキャラクターにも徹底されていることだと思います。妻お延、妹お秀、津田の世話を焼く吉川夫人、津田の友人小林など、さまざまな登場人物の心理が書きこまれ、人と人のあいだに生じる誤解、思惑の違い、駆け引き、そうしたものの存在と、それが人間関係に与える影響が、浮き彫りになっていきます。結果として、どちらかと言うと主人公自身の心理に焦点を当てた、漱石のそれまでの小説とは、まったく違った深みを持つ結果となっているように思います。人間は他人を、自分の行動パターンに照らして分析しがちだが、実は自分とはまったく違う利害関係でもって思考し行動している、そしてそのズレは埋めあわせがつかないくらい決定的だ、そんなことを考えてしまいました。この小説が未完で終わっているのは、何ともなんとも残念なことです。だからこそ想像力をかき立てられる部分もあるのでしょうが・・・。
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