この本は40年以上前に読んで以来、繰り返し何度も読みました。それこそ隅から隅まで読み通しました。最初に読んだときには軍記物とそれが撒き散らした通説を否定した本として正直感激しました。その当時は軍記物を踏襲した怨恨説が大手を振るってまかり通っていたのです。
しかし、よくよく見れば、この本は怨恨説に代わって野望説を唱えただけの本でした。
そして、恐ろしいことに、一見、この本が否定したように見える軍記物に書かれている話を、こともあろうにこの本は結果的に史実と認めてしまったのです。歴史学界の権威者が書いたことにより、軍記物の書いた話が歴史学界の定説となってしまいました。この事実を歴史研究にたずさわる方々は一切指摘せずに諸手をあげて本書を聖書の如くに称賛するのみです。
本書の論理的な矛盾をいくつか列挙しますが、くわしくはブログ「明智憲三郎的世界 天下布文!」の「信長は謀略で殺されたのだ 偶発説をわらう」をご覧ください。
・著者が悪書の極みとした『明智軍記』に書かれている「光秀の朝倉義景仕官説」を肯定した。
・著者が「誤りの多い書」とした『川角太閤記』の記述を「この書もよいところがある」と都合よく採用した。
・秀吉が本能寺の変の四ヵ月後に書かせた宣伝書の『惟任退治記』の存在を知りながら、この書が怨恨、野望、単独犯行、中国大返しの諸説の元を書いたことを明示しなかった。
・結局のところ、軍記物を否定したようで軍記物の書いた通説はことごとく肯定してしまった。
この50年の本能寺の変研究の停滞と迷走を見るにつけ、本書の影響力の強大さを痛感します。その意味でこの本には「悪書の極み」という痛切な評価を下させていただきます。