自主制作に近い形で作られたスコセッシの初監督作『ドアをノックするのは誰だ?』(公開タイトルは『J.R.』)を観て気に入ったロジャー・コーマンは、スコセッシに『血まみれギャング・ママ』の続編の監督をオファー。かねてから商業映画を撮りたいと希望していたスコセッシはOKしつつも、『ハネムーン・キラーズ』で監督を降ろされた苦い経験があったので半信半疑だったという。半年後、スコセッシの元に届いたのは、続編ではないが同じ系統のドラマの脚本、それが『明日に処刑を・・・』('72)だった。
原作はベン・ライトマンの「Sister of the Road - The Autobiography of Boxcar Bertha」。
ロジャー・コーマンによると、「大恐慌時代にホーボーとなり、鉄道労働者と交流を持ち、列車強盗や売春などに関わった若い女性、“貨車のバーサ”と呼ばれたバーサ・トンプソンの実話」だという。ホーボーとは、大恐慌時代、職にありつけずに、列車などに無賃乗車をして土地から土地へ渡り歩いていた移動労働者、いわばホームレスのような人たち。
ホーボーを一躍映画ファンの間で有名にした作品に『北国の帝王』('73)があるが、本作は劇中に「ホーボー」という言葉こそ出てこないが、事実上は娯楽映画として『北国の帝王』に先駆けてホーボーを描いた作品なのである。
1930年代、不況のどん底。農場主の言いつけで、飛行機での農薬散布に無理やり借り出された農夫が墜落死。その娘、バーサ(バーバラ・ハーシー)はたった一人の身内を失い、権力を憎みながら放浪の身に。町から町へ渡り歩くうち、組合運動の街頭演説をしている社会主義アナーキストのビル(デビッド・キャラダイン)と出会い、お互いに惹かれ合い、貨車の中で結ばれる。しかしビルは何処かへ去ってしまう。
再び根無し草の生活を送りながら、ギャンブラーのレイク(バリー・プリマス)と組んでのいかさま賭博を続けるうち、ビルと再会。そして黒人のヴォン(バーニー・ケイシー)ら4人で、列車強盗を始める。女がリーダーの、風変わりな強盗団に業を煮やしたバックラム知事(ジョン・キャラダイン)は4人の逮捕を命じる・・・。
この映画は、ロジャー・コーマンが『血まみれギャング・ママ』で確立した、いわゆる「バッド・ガール」もののジャンルに属する。つまりこの映画の特色としては、「男まさりの女主人公が、男どもをコテンパンにぶちのめす」「女性の母性を強調しない」「お色気シーンとアクションをふんだんに盛り込む」「田舎が舞台」などが挙げられる、いわゆる「エクスプロイテーション・ムービー」と呼ばれる見世物主義の低予算娯楽映画である。スコセッシは元々、商業映画の監督を目指していたので、ことさら作家性を主張するような演出はせず、むしろコーマンのアドバイスに従って、この映画製作で多くのものを学んだと言っているが、そこは映画オタク青年だけあって、様々なお遊びを仕掛けている。自身が敬愛してやまない、『赤い靴』の製作・監督コンビの名前(エメリック・プレスバーガーとマイケル・パウエル)を脇役キャラに使用したり、また『オズの魔法使い』を引用し、バーサと3人の男たちは、ドロシーとそのお供のパロディーにもなっている。だからバーバラ・ハーシー演じるバーサの髪型が妙に少女っぽい「おさげ」なのである。また、ネタバレで申し訳ないが、最も有名でいかにもスコセッシらしく感じるのは、キリストの磔刑を連想させるラストシーンだが、スコセッシ曰く「渡された台本にそうなって」いたとの事。しかしその描写が「なにやら神のしるしのように思えた」のはやはりスコセッシの目線ではないだろうか。
主演のバーバラ・ハーシーは、カウンター・カルチャーまっさかりのヒッピー世代で、カメラの前に裸体をさらす事にほとんど躊躇していない。しかも撮影当時、D.キャラダインと恋仲で、劇中のラブシーンは「あれは本番だったのよ」と臆面もなく語っている、というエピソードはあまりにも有名。
その女丈夫ぶりで、普通の女優が尻ごみしてしまうような役をその後も熱演。『大いなる決闘』では、荒くれ男たちに、父親と恋人の目の前でレイプされる役を、『エンティティー』では邪霊にレイプされる役を(苦笑)、本作では数々の濃厚ラブシーンを演じる、骨太女優である。
また、デビッド vs ジョンという、キャラダインの「親子対決」も見逃せない。
この映画の主人公、バーサ・トンプソンは長らく実在の女性と言われてきて、原作はバーサが半生を語ったものを作者が聞き書きした伝記小説、という事になっているのだが、実は彼女は作者の創作した人物だったという事が近年になって判明。作者、ベン・ライトマン自身の体験と、知り合いの女性たちの身の上話などをもとに作り上げたキャラクターだったのである。
ライトマンは、大恐慌の時代に娼館などで内科医をしていた人物で、自身もホーボーのような生活をしていて、社会主義アナーキストでもあり、まさにこの映画の登場人物を地で行く波乱の生涯を送った人らしい。現在出版されている洋書の原作本は、この作者の背景についての解説もあるらしい。面白そうですねぇ!
さて、かねてからスコセッシを買っていたジョン・カサヴェテスはこの映画を観て、「いい映画だが、君はこんなクソみたいなキワモノ映画を撮る連中と同列じゃない」と言ったという。その一言が、この映画の後、スコセッシを『ミーン・ストリート』の製作へと駆り立てるわけだが、ジョン、そりゃあ言いすぎだよ。娯楽映画だって捨てたもんじゃないぜ、と言いたい。
なぜなら、ホーボー魂はいまだ死なず、だからである。ルトガー・ハウアー主演のグラインドハウス魂炸裂の前評判高い『ホーボー・ウィズ・ショットガン』もまもなく日本公開!
そんな今だからこそ、ホーボー映画の先駆的傑作『明日に処刑を・・・』を再見&再評価だ!!