近代のアイヌ問題の中でも突出していた旭川近文地区のアイヌ地問題は、明治から昭和にかけ三次にわたって紛糾した。「無主の地」とされて自由の大地を奪われ、狩猟・採集の伝統生活を失い、形だけ給与された土地で慣れぬ農業を余儀なくされ、没落していく…。かつて北海道の全域で進行した情勢だが、旭川近文地区では、陸軍第七師団が給与地の隣に移転してきたときからさらに過酷な運命がアイヌたちを襲った。給与地の価値が高まり、政商、道庁、旭川市、和人小作人、アイヌたちが絡んだ三つ巴、四つ巴の混乱。
戦後も和人・アイヌ双方に少なからぬ利害や感情が尾を引き、従来ニュートラルな立場からの総合的な文献というものがなかった。このため伝聞や憶測の流布も少なくなく、加えて当時の非常に錯綜した状況により、従来、事実関係や情勢の正確な推移を知ることができなかった。場合によっては当事者ですら理解していなかった形跡すらある。
この著は、こうした中から過去の新聞記事と現地のアイヌの古老からの聞き取りを中心に丹念に情報を拾い上げ、全体像を描き出している。むろん限界はあり、特に第三次については近い時代にもかかわらず情報が不足しているために不明な部分も少なくない。また、時系列に沿って記述されておらず前後関係がわかりづらい部分の存在など編集上の不備も見受けられる。しかしながらこれだけの資料を発掘し、まとめ上げたのは画期的なことである。これからの近文アイヌ地問題研究の出発点になるべき労作である。
先ごろ発刊された『新旭川市史』通史3(第二次アイヌ地問題の章あり)と併せて読むことで、北海道開拓の矛盾と先住民族アイヌの苦難の歴史が生々しくよみがえるに違いない。歴史認識の加害者・被害者論は、何も外国を見るまでもなく国内にもその例があり、理解や認識の困難さも、その中から見えてくる。