著者は早稲田にある古書店の二代目店主。自店の古書目録に書き綴ってきたエッセイをまとめた一冊です。
時間の捻出に汲々とする最近はその機会を失ってしまいましたが、私は以前、神田や早稲田、荻窪界隈などの古書店街をぶらつくのを好んだものです。そんな私は頁を繰る直前まで本書のことを、練達の古書店経営者が綴った興味深い、そしてちょっぴり下世話な、業界裏話集かと勝手に推測していました。
しかし予想に反し、そこに綴られていたのは、店主の周りをゆったりと流れる時間をみつめた、味わい深い日常の風景でした。ですから門外漢の想像をしのぐ面白エピソード集という趣はありません。さして起伏の激しい日常が展開されるわけではなく、うずたかく積まれた、独特のにおいを放つ古書に囲まれて静かに生きる店主を、ほんのいっとき訪(おとな)う様々な客や同業者との出会いが、丹念に選び取られた言葉によって綴られているのです。
文章には人柄が現れるものですが、本書の著者の筆遣いからにおい立つそれは、大変落ち着いた、穏やかでぬくもりの感じられるものです。気ぜわしいはずの日々にありながらも、その落ち着かなさを文章に刻むことはしません。この著者が紡ぐ世界につかりながら、読み手の私の心も次第にしんなりと柔らかみを帯びていくのが感じられたのです。
奥付までたどり着いて、著者が1972年生まれとまだまだ若いことに気づいて驚かされます。そして「あとがき」によると、巻頭に掲げられた「大雪の夜」という文章は19歳のときに物したものだと知り、にわかには信じられない思いにとらわれます。その筆が見せる落ち着きと、その年齢の若さとが、私の中では到底結びつかないのです。
本書に託した当初の期待を、うれしい形で裏切られ、私は若き新しい書き手と邂逅できたという喜びに今ひたっています。