ゲーテ、ミル、ケルヴィン卿ら著名な天才の例もさりながら、本書の白眉は
19世紀ドイツの文学者、法学者カール・ヴィッテが父から受けた教育の紹介
である。ヴィッテは9歳で6か国語に通じ、2つの大学から入学許可を得た。
13歳のとき数学の研究で博士号を取得、18歳から亡くなるまでベルリン大学
の法学教授を務めた。23歳のときにはダンテの研究で一家を成していたと
いうから、現代の基準に照らしても非常な天才というべきであろう。
経歴だけ見ると学究一筋の堅物のような印象を抱きかねないが、ヴィッテは
きわめて健康快活な好人物として知られていたという。そもそもヴィッテの父は
円満な人間を育てることのみを目指し、視野の狭い専門家や温室育ちの神童を
軽蔑していた。教育は方法も大事だが、目標が間違っていたり曖昧では意味がない。
最近の早期教育ブームの中には受験競争を勝ち抜かせることが目的ではないかと
思われる親もたまに見かけるが、なんとも危ないことだ。また両親の考え方の違いも
大きな障害となることがはっきり本書に述べられている。
ヴィッテの父の教育方針は、散歩や遊び、食事など生活のあらゆる機会を捉えて
息子に興味と疑問を起こさせ、それに答え、または一緒に考えることにあった。
躾に当たっては息子の理性を曇らせないよう、言葉を尽くして物事の理非曲直を
説き聞かせ、決して頭ごなしに叱るようなことはなかった。また息子をめったに
褒めない(傲慢にならないよう)、他の子供との接触を制限する(争いや悪癖を
覚えさせないよう)など一見厳しすぎるとも思える態度を貫いた。
教育において難しいのは良い物を与えることよりもむしろ悪い物を排することだと
思うが、この点を徹底したことがヴィッテの教育が成功した一因だろう。
現代はさまざまな情報や教材が入手できる一方で、社会や学校には子供にとって
害となるものもあふれている。親の見識が昔よりも厳しく問われるといえよう。
また3、4歳を過ぎると母親の愛情だけでなく、父親の厳格さが大事になると
いうこともヴィッテの例は語っている。
とかく方法論に偏りがちな早期教育の参考書が多い中、本書は最も大事な
教育の目的や親の心構えを説いた古典である。すべての両親、教育関係者に
一読をお薦めしたい。