関根正雄氏による詳細な注釈と解説が付された岩波文庫版の出エジプト記。以前新共同訳で字面を追ったときとは質の違う読みが出来たように思う。創世記でもあったヤハウェ資料・エロヒム資料・祭司資料と申命記的加筆の重畳はここでも継続しているが、創世記に比べてその違いは明瞭でないようだ。
一般的に言って、ここでの記述は創世記と同じく後世の立場からの民族の歴史的・祭儀的起原として書かれたもので、読む方としてはここに書かれていることを信じる/信じないという観点ではなく、ここに書かれていることを事実として、起原として信じた人たちの生きざまやその思想的・宗教的世界観を理解するといった構えで触れたほうが面白いと思う。歴史的出来事が現在の生き方に垂直に入り込んでいくありかたは、水平に上滑りしていく当代流行りの生き方とは深い対照を示している。物語的観点から見てみても、奴隷的な暮らしに身を落としていた民族がその境遇からの脱出を試みるという筋立てや、脱出が為った後のマナの恵み、モーセがヤハウェと共にいた間に他の人々が金の子牛を礼拝していたことなど、非常に面白く示唆に富んでいる。アメリカの黒人音楽にこの書のモチーフを聞き取ることも出来るし、ボブ・ディランの「エデンの門」にも引用されるなど、ユダヤ教に留まらず異文化理解にも広く役立つ一面がある。(ボブ・ディランの歌詞世界には、旧約聖書のある種不吉な緊迫したイメージが濃厚にあるように思う。)後半の詳細な祭儀規定も、注釈を併読することでその意味が少しわかる。
このシリーズの復刊はないのだろうか。非常に楽しめる一冊。