共感させられる部分も多かったのだが、一方で物足りなさも残った。おそらくその原因は、寛容の問題がほとんど論じられていない点にあると思う。マジョリティとマイノリティの共存を考えるなら、人間は異なる他者に対して、どこまで寛容でありうるのかという問題は不可避である。また、著者は「複数のアイデンティティ」の必要性を論じておられるが、単数にせよ、複数にせよ、何らかのアイデンティティを持つということは、他者との間に境界線を引くことでもある。そこでも境界線上でぶつかる異なる他者との関係が問題となってくる。そして、それはやはり、どこまで異なる者に寛容でありうるのかという問題に行き着くのである。しかし、残念ながら、著者の思索は、寛容の問題には及んでいない。とはいえ、「無意識で善意のナショナリズム」への批判など、随所に見られる、偽善的な社会運動やイデオロギーに対する批判は有益かつ痛快である。今後のさらなる著者の活躍に期待したい。