この書物自体は、とても質が高いものである。春原剛氏は、アメリカの2人の
“ビッグネーム”を相手に、500以上の質問総数を用意し、本当によく食い
下がっているな、との印象を受ける。もちろん、どこまで本音で語っているかを
吟味しながら読まなければならないが、直接本人から、ここまでの話を引き出
したことに感謝しなければならないと思う。
だが、ケビン・メア氏の「決断できない日本」の読後感と似た、何ともやるせ
ない気持ちになっている。
良心的であるが恫喝的。責任感の裏返しの自己中心性。明快であるが即物的。
こうしたアメリカ独特の発想法の限界を感じて、である。
国家間のパワーゲームの頂点に立つアメリカの、あまりにも複雑な「国益」に
責任者の一人としてものを考えることの何と大変なことか。どうしても「人類益」
でなく「国」どうしのパズルを解き明かす発想に限定し、単純化して考えざるを
得ないのだろう。有能な戦略家の頭の中を垣間見た思いである。その上で、人間
の能力としての限界を感じたのである。
現実主義者の理論を真っ向から打ち破ることは不可能に近いと思う。パワー
ゲームの行き先は、間違いなく壊滅的な結末であろう。しかも、そう遠くない
未来に。それを回避するには、「敵」と「味方」の二分法的な発想でなく、全く
別次元の文脈が必要となる。それが可能なのは、高度な思想・哲学・宗教の次元
であり、それを実体化した組織体の力ではないか。
もちろん、現実的な政治の次元を軽視するものではないが、波立つ表面ばかり
ではなく、その底にある「海流」ともいうべき民衆の意識変革に、より着目せねば
と感じたのである。
この書を読んで、やるせない気持ちになった一方で、限界が見えてきたからこそ、
新しい発想が希求される素地ができてきたのか、との希望にも思いを馳せることが
できた。