サブタイトル(枢軸形成の多元的力学)からも見てとれるように全三巻の
2巻目にあたる本書では、主に1920年前半から終戦までの日独の関係の関係に
ついて論じています。
1936年の日独防共協定、1940年の日独伊三国同盟条約、これらにより枢軸国は
連携を深めたように見えるのですが・・・かと言ってではそれらを元にして
枢軸国は連携を(純軍事的な作戦にしろ、戦略面にしろ)取っていたのか?
そこら辺について公文書やキーマンの日記等の各種史料、そして先人の研究
から解明を図ります。
例えば・・・
・中国権益を有していたドイツからすると日本べったりはリスク大。
なので第二次世界大戦開戦後も両国に天秤にかけ続けたが、最後には政府
軍部内の内部分裂で日本との関係を取った。満州国を含む傀儡政権への承認も
日本が求め続けてやっとのことで行った(満洲国は1938年。汪精衛による
「南京国民政府」は1941年にそれぞれ承認)。
・日独の連携に上乗りした伊。三国それぞれが残り二カ国を天秤にかけるように
なる(中国権益が無い伊は日本を後押しすることで独へのプレッシャーに
した)。又、イタリアは最後の最後まで英国と外交的解決を図ろうとしていた。
・幕末、当時の徳川幕府はフランスを手本に軍備の近代化を図った。時は移り
体制や精神面に同じものを感じた帝国陸軍は次第にドイツへ偏重(片思いと
いっても差支えないだろう)していった。しかもそれは第一次大戦でドイツが
負けたにも関わらず続いた。
逆にドイツは(ヴィルヘルム2世の方針もあるが)一時期の肩入れから、現実的
な(益があるなら対応する)という形に。
そんな関係だったが、ドイツからの対ソ開戦要請は撥ねつけていた。
(主論であった南進論に反する)
・それに比べると海軍は互いに協力関係が出来ていたが(ドイツの対仏英に
巻き込まれたくないので)軍事同盟を結んだにも拘らず、帝国海軍は一線を
引く(ドイツ海軍のインド洋方面での活動を「積極的」には支援しなかった)。
・同盟関係にあるから資源を分けあおう・・・とはいかない。兵器自体やその
材料に部品を求める日本に対し、ドイツから見れば生み出すものが無い
(資源国で無い)日本の要求を一方的には呑めない。日本もそうだが、当時の
ドイツも中国や東南アジアからの資源に国力維持・増強を因っていた。
・・・等など、教科書に無い事実がそこにはあるのです。
専門書なので読みにくいところも(電文は仮名交じり文のまま、人物説明が
本文中onlyなので、後で「この人は・・・」となった時に調べにくい等)あり
ますが、同盟=蜜月だったと思っていた観念を良い意味で壊してくれる一冊です。