若い映画ファンの間で、川島雄三の名を知る人は、果たしてどれくらい居るのだろう?
とは言え、もはやその名が知られていなくても仕方ない事なのかもしれない。何しろ、亡くなってから50年近く、自分が映画ファンになった頃から、その名は既に伝説的なものだったから。
川島の映画を観たのは、代表作「幕末太陽伝」が最初だったが、個人的にハマってしまったのが、「しとやかな獣」である。
たかだか3DKのマンションで繰り広げられる虚々実々の絡み合い、極めて奇妙でブラックな味わいに、思わず巧い、巧すぎると感嘆したものだ。
で、「洲崎パラダイス・赤信号」も大好きな作品だ。
戦後復興半ばの1950年代後半、如何にも訳ありと思しき男女ふたりが流れ流れて来た場所は、かって遊郭だった洲崎。
“洲崎パラダイス”との年代物のネオン灯がかっての隆盛を感じさせるこの歓楽街の入り口の貧しき呑み屋に住み込みで働く女と、ひもにもなれないような気弱で善良な男。
モノクロ・スタンダードの画面、橋を見降ろすショットの数々、船上生活者、その時代的背景と、東京と大阪の違いはあるものの、ちょっと小栗康平の「泥の河」を想起させるが、もちろん肌触りはまるで違う。
とにかく、別れようにも離れられない自堕落な男女関係が続けられるただそれだけの話なのだが、これが実にオモシロい。
主人公ふたりとその周りに蠢く人々を、共感を込める訳でもなく、突き放してみる訳でもなく、斜に構えた感覚とでも言えようか、一種独特なニヒリズムを以て描かれたタッチとリズムがクセになるのだ。
43歳、若くして夭折してしまった川島のみならず、長年彼の助監督を務めた今村昌平も、主演の新珠三千代も三橋達也も亡くなってしまったが、映画の中では彼らは(その作品たちは)ふてぶてしく生き続ける。
そして、途方に暮れながらも、ぐだぐだと生活し続けていくであろうふたりの姿に、山下敦弘の「マイ・バック・ページ」での妻丈木聡の様に、今も時折再会したくなってしまうのだ。