患者さんが膝の痛みを治療してもらった直後に走り出すというようなリアルな現場報告以上に鍼灸の実力を実感できるものはない。からだを張ってさまざまな臨床家の鍼灸を味わい、自らを治療し続ける「超一級の患者」であり、世界の鍼灸を知ったうえで呼吸するように哲学する著者でなければ、伝統鍼灸の世界をこれほど明確に描くことはできなかっただろう。本書に出逢うことによって、私は治療する上でなくてはならない鍼灸への確信を深め、鍼灸を語る言葉を手に入れることができた。臨床力は数段重厚になったと思う。
特に感動したのは、幕末の家庭医学書『病家須知』に現れる「自然作用力(テンネンノハタラキ)」という表現を、蘭学を通してヒポクラテス流の医学観を体得したものと捉え、そこに現代の日本鍼灸の「自然治癒力」のルーツを探る推理小説のような展開だ。日本人がなぜ江戸時代にヒポクラテスの考えを受け入れたかというと、海洋性照葉樹林帯の温和な気候の日本列島には、もともと正邪入り乱れる多様な神々のアニミズムの生命観があったため、中国医学の「邪正闘争」という医療観を踏襲せずに、「邪正一如」といういのちへのまなざしを熟成していたからだという。日本人は、漢字を使ってカタカナ、ひらがなを創り、やわらかな母音で奏でられる大和言葉を表現したように、また、大陸、半島渡来のさまざまな食材や料理を和風にして日本人の舌になじませたように、中国から伝わった鍼灸を素材として、日本鍼灸を生み出してきた。日本鍼灸はアジアの伝統医療の最良の遺伝子を宿していると著者はいう。日本鍼灸を受け継ぐものとして、この本を座右に置き学び考え、鍼灸師としてのパワフルな核を創りたい。