「なぜ日本は西洋との接触の結果,低開発国とはならずに工業国へと発展を遂げたか」.ナショナリステイックな気分を誘発しかねないこの設問に技術史の立場から冷静に解答を与えようとするのが本書です.
第1に,従来封建的と低評価を与えられてきた在来産業がむしろ牽引役を果たしたことに原因が求められます.19C半ばの西洋技術は素材など川上産業において機械化するのに適しており,消費者に直接届く産品を作り出す川下産業においてはまだまだ在来産業に活躍の場が与えられていました.第4章では西陣等の綿織物産地において部分的に西洋技術を取り入れ,デザイン面で多様な需要に応じられるようになる様が描かれます.
第2に在来産業と西洋技術の移植産業が相互補完的であったことが挙げられます.第5章では,活性化した在来産業の綿糸ニーズに応えるべく紡績工場が設けられ,その際歴史的偶然から短く太いアジア綿に対応できる機械技術が英で開発,日本に即導入されたことが細糸を使った欧米製品と棲み分け可能なニッチ市場創出に貢献したことが語られます.
第3にアジアとの間でアジアの伝統という歴史的偶然が水平的・互恵的貿易ネットワーク創生に寄与したことが指摘されます. 中南米・アフリカのように宗主国との垂直型市場とは異なり,短く太いというアジア綿の伝統的特徴とそれに呼応した厚手の綿製品がインド綿→日本での製品化→中国等での消費という市場形成に寄与したのです.
著者は在来産業の持つ市場ニーズへの敏感さと西洋技術の開発力に依存していた自らの体質を忘却,不遜に陥ってしまったことに戦前日本の工業技術没落の因を求めます.先進技術の国内移転に必死な当時の人々の息づかいや肉声が聞こえるような描写も楽しめ,何より経済成長に与える技術の影響を考える際には欠かせない一品です.