この9月3日でもう67歳の重信房子ですが、とんでもない危険人物なのに、どこか心ひかれる魅力的なものを感じる女性です。
今から思うと滑稽ですが、われわれはあしたのジョーであるとか何とか言って北朝鮮へ行った、日本で初めてのハイジャック事件である、よど号事件の共産主義者同盟赤軍派のメンバーたちでもなく、国家権力と市民社会の執拗な包囲に屈して同志殺しにまで追いやられた、あさま山荘事件の連合赤軍たちともたもとを分けて、つまりは、どちらに行こうと地獄に違いはなかった訳ですが、パレスチナに行って世界赤軍を目指したのが1971年ですから彼女が26歳の時、すでに41年も前ですね。
妙義山中にリンチによって12人の墓標を立てた永田洋子のような血に染まった殺戮のイメージはありませんが、爆弾テロや銃撃戦を指揮・命令したのですから、彼女だとて殺人犯に違いはありません。
ただ何故、彼女にしてそれを成したのかということですね。現行の刑法の範囲ではそうですが、しかし、それでもなお彼女は単なる犯罪者にとどまらない問題を突きつけている感じがします。
1968年69年の大衆的高揚のあと、すぐに一気に多くの人たちが就活のために髪を切り離れていった結果、純粋培養されて過激化・孤立化していかざるを得なかった、不幸にして選ばれてしまった何十人かの十字架を背おった人たちのことを、安全地帯にいる私たちが、♪もっと勝手に恋したり・・・(ワインレッドの心)などと歌っている場合じゃないでしょう。
フィルムでは『突入せよ!「あさま山荘」事件』や『光の雨』、『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』と、仲間殺しを犯した連合赤軍事件の方が注目して描かれていますが、パレスチナでの彼女たちの孤絶した歴史も、そろそろ振り返られていいのではないかという気がします。