著者の中村明氏は文体論の専門家である。本書は、氏のこれまでの研究の集大成のひとつであろう。私はこれまで中村氏の著作の何冊かを手にし、多くの作家たちの文章から様々な文例を採取し分析してみせる手際のよさに憧れのようなものを抱いてきた。その姿には、むしろ孤軍奮闘の観があったといってもよかろう。
去る12月12日(日)の朝日新聞読書欄の「著者に会いたい」に、中村氏のインタビューが載っていて、興味深く読んだ。本書刊行の意図について、氏はこう述べている。
《適切な言葉に行く二つの道のうち、意味の道は辞典もいっぱいあるのに、語感の道は封鎖されていた。誰かが土台を作らないといけない》
このような思いで本書は編まれた。語感の説明なんてものは主観に頼らざるを得ないことは氏もよく諒解されており、そのうえで、この分野において先鞭を付けようとしたことが上のインタビューから見てとれる。
さて、本書の使い方は人によって様々であっていいと思う。私に関して言えば、これは「読む辞典」だと考えている。作家たちの文例が豊富に引用してあり、短くはあっても、それぞれの引用文から立ち上る香りを楽しむことができる。その引用のしかたは、多少恣意的なところがあるものの、そんなことは瑣末なことにすぎず、それよりも、こちらとしては、著者が何十年もかかって、驚くべき量の文章を採取してきたその情熱の持続に舌を巻くのである。この辞書は、すぐに使うとかというよりも、任意に開いたページを読む、といった「使い方」のほうが私には合っているようだ。
最後にひとつだけ。行検索の際に、小口につめかけなどの工夫がされていないので、少々引きにくい。この点に関して、★1つ減点。