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ほかにもロンドンへ渡った漱石をとりあげ、かって日本の知識人も日本語以外の言語、漢語で表現するのが当たり前だったと知る。その上で改めて日本語という独特の表現スタイルで自分たちの国を捕らえたのだ。
越境者の街、新宿を拠点に著者は今、日本からさらに中国へと越境していく。彼の日本語が中国とぶつかって戸惑っている様子が伺える。新宿、古事記、米国、中国。この作品の壮大さとスピード感が野性的な魅力を放って読者を魅了する。
また、彼がなぜ日本語で表現をするのかという思いに触れ、また日本文学論とでも言える、彼の日本の作家作品への思いも語られていて、非常に内容の濃い一冊です。
最近読んだ本の中で一番のお勧めです。
米国生まれで少年時代を台湾・香港で過ごし、一七歳で来日してから日米往還をくり返し、日本文学の研究者として『万葉集』の英訳等で高い評価を受けるリービ英雄。日本語と英語・中国語の間を「越境」すること、そのズレの現場そのものを仕事場にしてきた人だ。どの一篇も、その独特のポジションから、日本語と日本文学の現況を鋭く照射してみせる。
表紙カバーに、その小さな部屋の写真がある。日に焼けた畳の上に雑然と散らかって収拾つかなくなったような、夥しい紙切れ、CD、酒瓶、灰皿、等々。そんなカオスから生み出される先鋭なエッセイに目を走らせていると、一つの母国語しか持たない私さえ(いや、むしろだからこそ)、霧の中で視界が開けていくような心の高鳴りを覚えてしまう。
おそらく「越境」それ自体が、異質な相手を鏡として自分の姿を覗き見る、非常にスリリングな体験だからに違いない。
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