我々は、外国語を学ぶ時は、英語文法を適用して理解しようとする。そうすると、どういう事か、中国語は英語と似た言葉になってしまう。これは、本当に正しいのか。
確かに、中国語は、「場所」も「時」も、また、その他の要素を表現するにも「前置詞構造」であるので、「文法は、英語と同じだ」となりやすい。しかし、もう少し大きく見てみよう。文は、「主題ー時ー場所ー手段などと続きー最後に動作」と表現する。この形式は、何と、日本語と全く同じなのだ。その事に気づけば、中国語の学習法が違ってくる、とは思わないか。そう、今まで、中国語を、英語流に理解したところに、中国語学習の悲劇があった。
さらに、続けよう。中国語は漢字だけで、繋ぎの言葉がない。特に、中国語は、「主語」と「目的語」の表現には、何の説明語もなく裸のままだ。だから、漢字と漢字の間に「平仮名」を埋込めば、それがそのまま日本語となる。つまり、極端な話、「我」は、「私は」としても「私を」としてもいいのだ。そんな、バカな、それでは、意味が逆転してしまうじゃないか。そう、そういう事もある。だが、いや、日本語にも同様の事情がある。それを調整するのが、動詞の「態」だ。その辺りを調整すると、中国語は、日本語と全く同じにできるのだ。また、他の要素が「介詞(前置詞)ー要素語(目的語)」となっていることにも注意する。そうすると、日本語から中国語への翻訳は、部分的には語順が逆転するが、大枠表現は日本語と全く同じにしてもいいのだ。つまり、英語学習とは全く違うのだ。
何故、こうなるのだ。それは、日本語の歴史性による。弥生時代、北九州・縄文人の素朴な生活の中に、中国・浙江人が大量に押しかけ、この中で、大和言葉から日本語が完成していくのだ。だから、上述のような事になったのだ。在中十年、私は、この事に気づき、新しい中国語学習法を思いついた次第だ。
諸氏、是非、この学習法を参考にしていただきたい。必ずや、成果が現れる。幸運を祈る。