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3 人中、3人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 3.0
議論の要に納得できないが,
By akasoba95 (埼玉県) - レビューをすべて見る
レビュー対象商品: 日本語は論理的である (講談社選書メチエ) (単行本)
日本語は論理的、という主張の根幹は、1.日本語は「容器の比喩」が中心(「論文には内容がない」の「論文」は容器に見立てられている)、2.形式論理のうちの文の接続関係はベン図という集合を表わす円=容器で表わされる、3.したがって、日本語は、論理的である形式論理と同じ論理・同じ比喩に則っているのだから論理的だ、というもの。確かに「容器の比喩」とベン図、似ているといえば似ている。しかし、「だから日本語は論理的」と言われると、首を傾げざるをえない。形式論理というのは確かに論理的なのだろう。だが、形式論理をもってくるなら、そもそも各民族語が論理的であるとか論理的でないとかいうことは、形式論理に照らし合わせて決めるべきものなのか、そこからきちんと議論すべきではないだろうか。というように、議論の進め方の根幹に腑に落ちないところもあるのだが、いろいろと刺激的な論点も出されていて、言語(とくに言語教育)に興味のある方に一読を薦める。
5 人中、4人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 4.0
独自の日本語論,
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レビュー対象商品: 日本語は論理的である (講談社選書メチエ) (単行本)
月本氏の独自の日本語論。「日本語は論理的でない」とする俗説を切り捨て、その論理性を明らかにし、また独自の脳科学の成果に基づいて、英語教育や国語教育にも提言を行っている。一つ一つの主張、全体の主張は検討に値するし、納得できる点も多い。 しかし、やや本書のサイズでは詰め込みすぎ・端折りすぎではないだろうか。中盤以降の日本語の論理性の主張、脳科学の実験の成果、学校文法、小学校英語教育の議論はやや忙しく、つながりや展開が急である。もう少し余裕をもって論じたほうがなおいっそうよかったのではないだろうか。
7 人中、5人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 4.0
この本は、面白いがけっこう論理的でない,
By ノーツオンザロック (東京都) - レビューをすべて見る
レビュー対象商品: 日本語は論理的である (講談社選書メチエ) (単行本)
日本語は非論理的であるとよく言われている。「小説の神様」と言われた志賀直哉まで終戦直後には「日本語廃止論」まで唱えてひどいことを言った。本書はその反証の試みであり、「学校文法」が「自虐的言語観」の原因となっているとか、小学校英語教育は弊害だとかを唱える教育批判の書でもある。 著者の主張は次の3つからなっている。 (1)英語の「主体の論理」と違って、日本語は「空間(容器)の論理」である。 (2)日本語の論理の基本は形式論理である。想像可能性と記号操作可能性を備えており、従って日本語は論理的である。 (3)日本人は母音を左脳で聞き、英国人は右脳で聞く。このことが言語の論理構造の違いとなっている。だから脳機能が未定着な小学生段階での英語教育は有害である。 なかなか刺激的な日本語論で、その主張には共感するところが多く、とても面白い。しかし、著者の論理そのものには納得できないことが多い。素人には記号論理学や数理学的なアプローチが煙ったいということがあるが、やっぱりどこかヘンなのだ。 そもそも論理的でない言語なんてあるのだろうか。どうしても、不等号とか和集合を表現できない言語があるのだろうか。数式や論理式、記号を使わなければ、複雑な論理操作がしにくいというのはどの国のどの言葉でも同じだ。かといって言葉で考えることが不可能というわけではない。 「日本人の左脳」論は、音楽感性の違いとしてよく言われてきた。とはいえ、だからといって小学校英語教育が有害かといえば、やや論理の飛躍があるように思う。それなら帰国子女はみんな日本語がヘンなのか?むしろ、脳の可塑性が低下する10代以降の英語教育のほうが有害もしくは非効率だと言えないか。 この本は、けっこう論理的でない。
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