Would you like to see this page in English? Click here.


または
1-Clickで注文する場合は、サインインをしてください。
または
Amazonプライム会員に適用。注文手続きの際にお申し込みください。詳細はこちら
こちらからも買えますよ
この商品をお持ちですか? マーケットプレイスに出品する
日本語は生きのびるか---米中日の文化史的三角関係 (河出ブックス)
 
 

日本語は生きのびるか---米中日の文化史的三角関係 (河出ブックス) [単行本(ソフトカバー)]

平川 祐弘
5つ星のうち 4.0  レビューをすべて見る (3件のカスタマーレビュー)
価格: ¥ 1,260 通常配送無料 詳細
o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o
在庫あり。 在庫状況について
この商品は、Amazon.co.jp が販売、発送します。 ギフトラッピングを利用できます。
5点在庫あり。ご注文はお早めに。
2012/5/29 火曜日 にお届けします! 「お急ぎ便」オプション(有料)を選択して注文を確定された関東エリアへの配達のご注文が対象です。詳しくはこちら

キャンペーンおよび追加情報


よく一緒に購入されている商品

この本と和魂洋才の系譜 内と外からの明治日本 上 (平凡社ライブラリー) ¥ 1,680 をあわせて買う

日本語は生きのびるか---米中日の文化史的三角関係 (河出ブックス) + 和魂洋才の系譜 内と外からの明治日本 上 (平凡社ライブラリー)
合計価格: ¥ 2,940

在庫状況の表示

  • 対象商品: 日本語は生きのびるか---米中日の文化史的三角関係 (河出ブックス)

    在庫あり。 在庫状況について
    この商品は、Amazon.co.jp が販売、発送します。
    通常配送無料(一部の商品・注文方法等を除く) 詳細

  • 和魂洋才の系譜 内と外からの明治日本 上 (平凡社ライブラリー)

    在庫あり。 在庫状況について
    この商品は、Amazon.co.jp が販売、発送します。
    通常配送無料(一部の商品・注文方法等を除く) 詳細



商品の説明

内容紹介

英語が世界の支配語となるグローバル化社会を、辺境の国の言語・日本語は、生きのびることができるか? 国際文化関係を背景に日本語の運命を考察する、画期的な日本語論。

内容(「BOOK」データベースより)

ときに言語は亡びる。日本語の興亡は、日本の運命に直結する。文化史的に見て、かつての中国、今日の米国のような中心国に対し、日本は周辺国である。これまで日本人は、優れた外来文化は積極的に受容しつつ、自らの主体性は維持してきた。グローバル化が加速する現在、母語である日本語とともに、支配語である英語をいかに習得すべきか。そして世界といかに対峙すべきか。国際文化史を背景に考察する、画期的な日本語論。

登録情報

  • 単行本(ソフトカバー): 221ページ
  • 出版社: 河出書房新社 (2010/2/11)
  • ISBN-10: 4309624111
  • ISBN-13: 978-4309624112
  • 発売日: 2010/2/11
  • 商品の寸法: 19 x 13.2 x 2 cm
  • おすすめ度: 5つ星のうち 4.0  レビューをすべて見る (3件のカスタマーレビュー)
  • Amazon ベストセラー商品ランキング: 本 - 175,448位 (本のベストセラーを見る)
  •  カタログ情報、または画像について報告

  • 目次を見る

この本のなか見!検索より (詳細はこちら
この本のサンプルページを閲覧する
おもて表紙 | 著作権 | 目次 | 抜粋 | 索引 | 裏表紙
この本の中身を閲覧する:

この商品を見た後に買っているのは?


この商品につけられているタグ

 (詳細)
タグをクリックすると、タグがつけられた商品、タグをつけた人が表示されます。※タグは初期設定で公開になっています。詳しくはこちら
 

 

カスタマーレビュー

最も参考になったカスタマーレビュー
14 人中、12人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
By recluse VINE™ メンバー
形式:単行本(ソフトカバー)
平川さんの作品は久しぶりに読みました。いくつかのエッセイをや雑誌論文をまとめなおした作品ですので、驚くほど著者の率直な本音や小話がいろいろ出ていて楽しめました。特に註の部分が面白い。とうとう名うての西欧研究者もこのような境地に到達したのですね。アメリカの日本文学研究や歴史学会自体が反ヴェトナム戦争世代による政治的な乗っ取りIn Denial: Historians, Communism & Espionageにあった後で、アメリカの日本研究自体も対象への真摯な接近というよりは、自分の政治的心理的なagendaのアリバイ構築のためのケーススタディへと退化し始めている点も註でさりげなく指摘されています。結局、アメリカの地域研究Know Your Enemy: The Rise and Fall of America's Soviet Expertsなんて学問の意匠をとった「政治への奉仕」の作文みたいなもんなんですわ。もっとも第一世代の日本研究者自体も、これまた度し難い「宣教師史観」に染まっていたことも指摘されています。アメリカにおける親中派と親日派の歴史的な構図、そこに潜む永遠の誤解の喜劇性、そして占領後の奇妙な反神聖同盟の構図(アメリカと日本左翼)、この全体像の中でいつもグロテスクな役割しか果たさない日本のメディアや学会への批判、そして戦前でのマルクシズムの隠れた浸透など現代にもインプリケーションを持つ様々な論点が呈示されます。しかし最後の部分で呈示されるエリート主義的な教育政策論は、これ自体西欧の発想の焼き直しですが、平川さんの譲れない防衛線なんでしょう。技術論に退化した英語学習が前面に出てきたなかで、第二外国語学習や日本古典への目配りなんて、どこに時間があるのかしらというのが正直な感想です。英語を使っての経済学の勉強なんて、一歩間違えれば、疑似宗教への洗脳みたいなもんですから。
このレビューは参考になりましたか?
3 人中、2人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
By それから トップ1000レビュアー
形式:単行本(ソフトカバー)
学生時代、理科系は第二外国語としてドイツ語、文科系はフランス語を選択するのが普通であった(と思う)。現在は第二外国語の選択は大分様変わりしているようである。そして経済、人の流れのグローバル化にともない英語が世界の支配語となりつつある。最近の報道によると英語の第二公用語化や企業(外資系に限らず)の社用語(?)として英語の採用の動きもあるようだ。

水村美苗著「日本語が亡びるとき−英語の世紀の中で」では各々の国語で文学を書くのが困難になっていることが印象的であった。日本語は1億人もの日本人がいる限り今世紀中に亡びることはないと思うが。平川氏も本書の冒頭で読者に22世紀に日本語がどうなっているか問うている。考えてみるとこれは日本語だけの問題ではない。嘗て席巻したドイツ語もフランス語も夫々の国内だけで使われるのであれば日本語と同じ運命をたどることになる。

著者はこれから先のグローバル社会では、バイリンガルでバイカルチュラルな日本人が要請されることが明らかであり、さらに知的選良にとっては第二外国語をも駆使しうる「三点測量」可能な人材が求められるという。但し、日本人については第二外国語を日本語の古文や漢文を代用してもよいとのこと。

さて、前述の著者の「問い」であるが、日本という国家がなくならない限り日本語もなくならないだろう。しかし、日本語が残ったとしても英語から機械的に翻訳されたような言語となれば、空疎な日本語が残るだけである。我々凡人にとって(知的選良にとっても)、英語の習熟は必要としても、古文や漢文を勉強することが第二外国語よりも重要なのではないか。尊敬する平川先生の著書ではあるが、日本語を諸言語のなかで相対化してしまうような印象があることが気にかかる。
このレビューは参考になりましたか?
5 人中、3人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
By 団塊予備役 VINE™ メンバー
形式:単行本(ソフトカバー)
1000年以上前に中国から渡来した漢字、知識階級の政治・学識・思想分野の支配言語として導入され以来歴史は現在に続く。一方日本独特と言いますか得意の他文化比較研究、応用吸収展開能力で100年もしないうちに(と理解しているのですが)ひらがな対応の古今和歌集を編纂し源氏物語を生み出した日本語。その日本語が俗に言うグローバル化、フラット化、益々席巻する英語の世界にあって今後どのような運命を辿るかに付いて論じる著書です。

これは現在の日本社会が文化、経済、人口動態的に直面する大きな問題であり関連著書は数多く出版されています。支配言語としての英語の位置付等、歴史的にはラテン語、フランス語等と同様との著者の視点です。この著書の明解な論点は、支配言語は話す人数が多ければ良いということでなく母国以外の多くの国が使用しなければならないこと、世界的な最新の科学技術・人文科学(含経済)を得る、又参画する為の共通手段足ることであり、その意味では現代社会は英語であること。日本社会の為(勿論何をもって為になると言うのかは議論の別れるところであると思いますが)には英語対応力の深化、発信力強化が不可避であること、そして英語を現在の西欧、欧米と言うとすればそれらとの協調も必要としています。一方、そのなかで日本語をより洗練し、進化させていく方法としての古典教育の重要性も提言。

ここは又論議を呼ぶのでしょうが、著者に限らず異文化経験豊富な知識人(学者、作家、ビジネスパーソン含め)がこの点でほぼ共通認識(反対意見も当然多々)なのが記憶に残ります。藤原正彦氏のように真っ向反対の方もいらっしゃいますが、凡人として注意しないといけないのは、藤原氏は既に高校生の時全国英語模試で一番だったほど英語の才能があられたこと、留学など当たり前、ケングリッジ他で教鞭をとるほど英語がご堪能であること。こういう凄い人が英語なんぞどうでも良いと主張されたからと言って(そういう意味でおっしゃられたのではないと思いますが)凡人がそれをそのまま鵜呑みにしては少々まずいかなとも個人的には思います。何故か日本で英語を文化として論じると大きな論議を呼んでしまうのですが、あらたに一石を投じる良書が出版されたようです。
このレビューは参考になりましたか?
カスタマーレビューの検索
この商品のカスタマーレビューだけを検索する

クチコミ

クチコミは、商品やカテゴリー、トピックについて他のお客様と語り合う場です。お買いものに役立つ情報交換ができます。
この商品のクチコミ一覧
内容・タイトル 返答 最新の投稿
まだクチコミはありません

複数のお客様との意見交換を通じて、お買い物にお役立てください。
新しいクチコミを作成する
タイトル:
最初の投稿:
サインインが必要です
 

クチコミを検索
すべてのクチコミを検索
   


リストマニア


関連商品を探す


同じキーワードの商品を探す






この本は、それぞれの上記のテーマに含まれています。

フィードバック


Amazon.co.jpのプライバシー ステートメント Amazon.co.jpの発送情報 Amazon.co.jpでの返品と交換