ついに出るべき本が出た。この本は、副題にあるように「<時の文法>をたどる」というところに類書にない新しさがある。古代人は時間を類別して「き、けり、ぬ、つ、たり、り」の6種類の助動辞(一般的には助動詞)を使い分けていたが、現代ではこれらが「た」に集約されてしまった。ここまでは類書にもある観察であるが、本書はこれらを更に分解して、「k. s, t, n, m, r」の要素を抽出して立体的に再構成するとともに、新しい観点からそれぞれの機能を検証するのである。その過程で、推量の助動辞「む」から「am.u」、シク形容詞から「asi」を抽出するところが本書の白眉の一つであって、従来の国文法の、母音をすべて活用の末尾に含めてしまう教条的な考え方を修正して、「am.u, asi」のような構成が必然であることを認めたことで、今後の古典文法の確実な一歩を踏み出したのである。
著者の主張しているように、これらの助動辞を古代人のように自由に使いこなせるようになることが古典文法の大きな目標でなければならないが、それには本書では不足である。なぜならば、「am.u, asi」のような構成を認めるのであれば、本書には指摘のない「iki, it.u, in.u」などの構成を全面的に採用することが必須であり、それによっていわゆる動詞活用の全面的な見直しに繋がるはずだからである。また、本書の後半は現代語の「た」につながる通時的な説明に流れてしまうが、助動辞の機能ということでいえば共時的な分析に踏み止まり、時の助動辞のみならず助動辞全体を俯瞰することが不可欠であろう。本書でも扱う助動辞の承接(例えば、iki.ari)には、その前提となる語順や膠着の順序を含めた構文(シンタックス)への示唆もほしいが、必要なことをうまく切り出して提示した本書は「時をえた文法」である。