著者の高橋洋一氏は、他にもいくつかの新書など読みやすい本を出版して啓蒙活動に熱心な元財務官僚です。元は数学科の出身というやや異色の経歴を持つ著者は、官僚の世界の論理と合わずに霞ヶ関を去った過去があります。
著者は基本的には同じ主張を複数の著書で繰り返し述べていますが、本書もその一つです。
そんな著者の(特に本書で強調される)基本的な立場は以下の2つかと思います。
1、マイルドなインフレは、日本経済にプラスであり、日銀はそのために金融緩和を積極的に行なうべきである。
2、「政府や中央銀行は、なるべく個々の経済活動には介入せずに、個々の経済主体に平等に効果のあるマクロ経済政策だけやるようにしたほうが、結果としては国の成長力を伸ばすのではないでしょうか。」(本書p.222)
著者の経済学的な立場として最も基本となるのは、おそらく2の方であり、日経BPから出ているM・フリードマン『資本主義と自由』の解説を著者が書いていることからもそれがうかがえます。
著者は、基本的には市場の自律性を信頼し、機会主義的・個別対応的な産業政策や政策金融などよりも、全ての経済主体が同じ条件で競争する方が、市場経済の果実は最大になると考えているようで、その結果として生じる不平等には負の所得税(最低課税収入以下の人には、勤労所得と最低課税収入との差額を給付=マイナスの所得税)などで対応すべきとします。
そんな著者ですから、官僚や日銀のおこなう、「特定産業を『成長産業』として優遇するような政策」にはきわめて批判的です。その理由は、天下りの温床になる事、企業家でもない素人の政府(政治家・官僚)や日銀が直接経済活動に介入しても上手くいくわけがない事などを挙げます。
要するに、複雑で非効率的な公的部門のあり方は、結局、不公正な歪んだ経済のあり方に繋がるということで、競争市場のあり方もその失敗を補う公的部門のあり方も、簡素で効率的かつ明示的で誰に対しても同じ条件で適用される事が重要ということです。
さて、そうした立場に基づいて、1のようないわゆる「リフレ」が主張されるわけですが、2%程度のマイルドなインフレが日本経済にプラスであるというのは、
・名目利子率がゼロ近傍であってもさらに実質利子率(名目利子率−インフレ率)を低下させて企業の(設備)投資を拡大する。
・円高是正(購買力平価でもみても金利平価でみてもよい)
・名目経済成長率が現在の2%程度から4%程度へと上昇する(著者によればOECD諸国の中で4%の名目成長率は決して高い水準ではなく達成可能だという)と、税収が増加し、成長率が長期国債金利を上回るので、財政再建の道が見えてくる。逆に、現状のせいぜい2%の名目成長率とデフレ傾向では、財政再建には増税しかなくなり、経済はさらに落ち込んでいく。
以上から、デフレをもたらしている日銀の金融政策が批判されます。曰く、日銀はデフレを問題視すると口ではいいながら、実際の金融政策の成果は−2〜0%のインフレ率であり、しかも、それをテイラー・ルール(有力な金融政策運営のルールの一つです)の恣意的な書き換えによって正当化しようとしている等等。
デフレは、実質利子率の高止まりから(設備)投資を減らし、円高から輸出を減らし、賃金下方硬直性から雇用を減らし、債務負担の増大から企業経営と国家財政を圧迫するなど、デメリットが強調されており、その脱却には日銀の大規模な金融緩和が最も効果的だとします。
財政政策も貿易と資本移動の自由化(開放経済)の下では、金融政策と合わせなければ効果は薄く、財政赤字を計上するだけです。
その他、自らが当事者として渦中にいた郵政民営化についてや、2009年〜2010年の民主・自民の経済政策についても書かれており、財務官僚として細かい事情を知る著者ならではの本といえるかと思います。
ただ、デフレの原因については、経済の専門家の中でも意見が割れており、他にも内需不足や生産性低下などを原因とする人もいます。特に、リフレ派に対して向けられる、「日銀が大規模金融緩和してもデフレは脱却できない。そもそも企業側に資金需要がなく、貨幣の流通速度が低下しているからだ。」という批判に対しては、「それでもデフレにしないためにはマネー供給するしかない」という著者ですが、これは日本の将来の産業構造が依然として製造業中心なのか、それとも内需関連(金融業含むサービス業)中心なのかという事とあいまって、議論になるところでしょう。
いずれにせよ、本書のリフレの主張よりも、経済政策は各人に対して平等に、明示的に、効率的になされるべきという主張の方が、実はこれからの日本のあり方を考える上で重要であると私には思われますし、この点については経済学者の間でも比較的コンセンサスが得られるのではないかと思います。
なお、震災によって日本をめぐる環境は大きく変化した事を考えても、今、本書を読むとすれば、細かい政策についてよりも、そうした経済政策への考え方を学び、考える方が有益だと思います。