国文学研究資料館で、公開している古典選集本文データベースの中にある「二十一代集」。その市販CD-ROM版。CD-ROM版「万葉集」。これらデジタルテキストを、著者が日本の感性を特徴付けると考えた「あまぎる、おもかげ、なごり、なつかしさ、そこはかとなく、なにとなく、さだめなし」等々の検索語で検索。抽出された和歌を解析して、日本の感性、その構造を明らかにしています。検索が網羅的なので、一部作品から性急に結論づけることなく、作例全体を視野に、考察を一歩づつ進めているのが、うかがえます。
本書でいう感性とは、思考や知覚とは違い、それ以前の世界の感じ方、瞬間的に反応し感じるありかたです。また感性の構造とは、心理的な内部の布置構造図ではありません。より広く、「われ」と「世界」という静止した2極の場での感性のありかた。他方「意識」と「宇宙」、それぞれの動きと両者の関係、その中での感性の動きと結びつき方が探られています。多くの和歌を解析した結果、得られた日本の感性の構造は、「触覚性」と「自由なずらしの動性」が合わさり、それぞれが上の二つの座標系の中で豊富な相に具体化しているという結論です。
一番面白かったのは、今の人にもあるという時間意識の分析でした。内省した「今」をあるかもしれない未来へと投影していた歌人達。三條院の「心にもあらでうき世にながらへば恋しかるべき夜半の月かな」を解析。院は、間もなく死ぬであろう未来の自分の眼から、いま月を見ている自分を振り返ってみている。また藤原清輔は「ながらへばまたこの頃やしのばれむ鬱しと見し世ぞ今は恋しき」で、過去を振り返り、その過去を現在の形で見て、その関係をさらに未来ー現在に平行移動させ、苦しい現在を相対化して見ている。というのです。内省的過ぎる人が、今の重荷に耐えかねる時、未来に自分を浮遊させて、ずらして己を見る独特の術が、昔はあったようです。