「フランスに行けば、乞食でもフランス料理を食べている」というギャグがある。日本では、乞食でもない普通の日本人が、まっとうな日本料理を食べているかというと、そうもいえないところがある。
かつて、すし・天ぷら・うなぎは江戸前に限ると言われた。しかし現在では、すし種の大半は輸入品だし、野菜まで外国産の物が多くなった。うなぎは、かつて私の住む静岡県の浜名湖や吉田の物が知られていたが、今は中国産が多い。また、お客の注文を聞いてから鰻を割いて焼き上げると言うところはほとんどない。昔は、うなぎ屋の近くにくると、得も言われぬ香りが漂ってきて、腹の虫が騒ぎ出して、誘われるように入ってしまったことがあったが、現在は下ごしらえ済みのうなぎを使うところが多く、本来のうなぎ屋は絶滅寸前である。すしも、回転寿司の法が人気があるようだ。
本書は戦前の徒弟制度の時代、「下洗い」からたたき上げた著者が、日本料理の歴史、本来の日本料理の口伝や秘訣、関東と関西の料理文化の違い、懐石料理と会席料理、精進料理、料亭の料理、武家の料理などから刺身の切り方、盛りつけ方、お作法まで、現代人が日本料理を作り、味わうヒントが豊富に書かれている。
これだけのことを書ける板前は、もうほかにはいないだろう。