加藤『日本文学史序説』が時間軸に沿って書かれた日本文学(従来、宗教、哲学、科学、歴史に分類された内容も<文学>表現に含めている。私はこの本を最初、日本史として読んだ)の通史であるならば、これは『日本思想史序説』とも名付けてよい書物。思想史、ではないが、日本思想の特徴をトップダウン形式で述べている。内容的には絵画、建築も範疇に含めているがこれは『日本文学史序説』でもそうであったからこの二著を分ける基準にはならない。というより、この新著は『序説』と比べ、新しい見解を提出してはいない。しかし、まるで口述筆記かと思われる行文の美しさ。適度のユーモア。確信ある記述と、多くはないがピタリとはまる引用。序説が、ニッポンをくだらぬ戦争に導いた天皇制、あるいは戦争を防ぐことができなかったニッポンジンの根拠を文学にもとめ、それを外来思想に対して、日本の土着思想と呼び土着思想が外来思想によりいかなる変容を被ったかをツマビラカにせんとする意気込みに溢れていた壮年の書ならば、この書物は、前線をやや後退させ(視野を広くとり)、概念装置を整理して、個々の事例を少なくした記述を特徴とする大家熟年の書といえよう。多少ボリュームはあるが著者の日本論要約であり<早わかり・加藤周一>といえる本だ。(『序説』をマルクスの『資本論』にたとえるなら、書いた順序はマルクスと逆だが、この本は『経済学批判要綱』=グルンドリッセ、と言えるかも知れない)。
九十歳に近い著者の書き下ろし(大学講義などをまとめたもの)という。その過不足を整理補填するのはわれわれの役割である。