韓国の一般的学説は資本主義の「萌芽(メンガ)」を李朝時代に求める。17世紀に芽生えた朝鮮の資本主義は、十分に成長する前に外国の圧力にさらされ、そのため日本の経済進出に耐えきれず、1910年の日韓併合による植民地化によって、1945年まで大きく抑制されていた、というのが、朝鮮半島の南北を問わず、堅固に定着した学説である。この説は「戦後史観」に立つ日本の歴史学者にも堅く信じられている。しかし、本書は「彼らの研究においては、論理より日本の行為を弾劾することで得られる感情的満足のほうが重要視されているようだ」と直言してはばからない。
1969年に平和部隊の一員として韓国に来た著者は、朴政権下で絶頂期を迎えた近代化推進の姿に驚嘆し、その歴史的背景に興味を抱く。そして東アジアと朝鮮半島の歴史研究に没入していくのだが、その結果知ったのは「資本主義の萌芽が李朝にあったという事実が重要となるのは、偏狭なナショナリズムを正当化するときだけである」ということだった。
いわゆる「萌芽派」の歴史家たちが用いている証拠はむしろ、彼らが無視する「空白期」、すなわち1867年の「江華条約(日朝修好条約)」による開国から1945年の解放にいたる期間こそ、社会経済史家が本格的に論じるべき時代であることを教えていた。そこで、著者が研究の焦点を向けたのは、韓国資本主義の象徴的存在である「京城(キョンソン)紡織株式会社=京紡(キョンバン)」とその創業一族「高敞(コチャン)の金一族」の歴史である。それは、「京紡は朝鮮史上初の朝鮮資本(かつ朝鮮人経営)による大規模な企業」であり、そこに「人間的なレベルでの韓国資本主義の起源と初期の発展を探ることができる」と考えたからに他ならない。そして著者は、同社に残された豊富な記録文書を精査し、日本が「圧政者であると同時に社会経済の変化の推進者」だったことを立証していくのである。(伊藤延司)
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このような中で、古典的名著であるこの本が翻訳されたことは意義深い。韓国では、反日イデオロギーに反するため翻訳が認められていないようだが、このような学術的な本が認められないようでは、真の日韓友好などは期待できないし、日本側にそれを望む必要性もないだろう。
第3章の、紡績機械を日本に買いに来て先物取引で会社の現金準備を全部すった話にも驚きますが、印象的なのは、第6章、戦後、米国賠償委員会のマーティン氏が、奉天郊外の京紡工場の十万坪の焼け跡に立つエピソードでしょう。ソ連軍が放火略奪したのですが、注によると女工さんは巧く逃がして帰国させたようです。このように膨大な原注の中にも、面白い記事が散見します。
ただ、経済史の本ですから、政治事件についてはチープなデータが目立つのが残念です。
翻訳は労作で読みやすいようです。引用文をもとの日本語(新字新かな)に戻す作業を行っているのには敬服しました。
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