日本が「神の国」であるという論議は本地垂迹説からきているのですが、それは本来、日本の民は仏ではなく二流の存在である「神」で救われるしかなかった、という意味であり、その後、蒙古襲来というナショナリズムの高揚を経て《日本は神によって守護された特別の国であるという意に用いられるになる》(p.66)というあたりでまずうなる。『日本書記』には唐への留学から帰った僧道慈が関わることで、すでに仏教の影響が入り込んでおり《日本の神々はその出発点からして、仏との交渉の中に自己形成をしてきた》(p.29)というあたりも。アマテラスは後に密教の大日如来と習合しますが、その素地は仏を光輝く国家の守護者として描く『金光明経』になぞらえているところにある、と指摘するんですなぁ。
最澄の一乗・三乗論争にも教えられました。天台宗は声聞・縁覚・菩薩という修行者に応じた悟りがあるという三乗説をとらず、すべの人は同じく仏になることができると主張しますが(一乗説)、これがその後の本覚思想や鎌倉仏教にも決定的な影響を与える、というんです(p.53)。日本人のやたら平等を求める発想にも影響されたんでしょうかねぇ。禅宗が浸透したのは、修行中に死んだ僧の亡僧葬法が簡素でありつつも形式も整っていたので、大名などの要求に応えることができて保護された、というのも面白かった。それまで、キチッとした葬式をやろうとすると複雑すぎていたらしいんですなぁ。ここらあたり、ちょっと不思議というか皮肉な感じもしていいです(pp.116-117)。