オウム真理教の実像を描いた『A』『A2』など、数々のドキュメンタリー作品を世に送り出し、近年では作家としても活動している森達也が、カルチャー雑誌『QuickJapan』の連載に大幅な加筆を加えてまとめた一冊。憲法論議の高まりを受けて出版された多くの「憲法本」が、ともすれば自己の正当性と他者への批判に終始しがちなのと違い、『日本国憲法』はモンゴルで見た星空の美しさから始まり、民族派右翼との出会いや靖国参拝、ドキュメンタリー番組中止や初めての選挙応援など、森の日常と憲法の関わりを描いている。
その言動から「左翼」と評される森だが、改憲そのものには反対していない。むしろ時代に合わせて修正すべきという立場だ。しかし改憲派が主張する軍事的緊張や、テロが頻発する国際情勢といった「危機」を疑っている。そして護憲派が、軍国主義化やアメリカ追随型の戦争という「危機」を掲げることにうんざりしている。改憲・護憲にかかわらず、憲法論議を支えているのがマッチポンプのごとき「危機」であることに、森は強烈な違和感を感じている。そのせいだろうか。『日本国憲法』は全編にわたって苦悩や葛藤、迷いの繰り返しだ。こんな「憲法本」は珍しい。
ナチス・ドイツのNo.2であったヘルマン・ゲーリングは、かつてファシズムを生み出す方法について「国民に向かって、われわれは攻撃されかけているのだと煽り、平和主義者に対しては、愛国心が欠けていることで国を危機に陥れたと非難すればよいのです」と語った。あれから60年あまり。はたして私たちは賢くなったのだろうか。森は言う。「ギリギリと頭蓋骨の隙間が音をたてるほどに、あなたは考えねばならない」と。安易に結論を求めるのではなく、考え続けることが必要だと。そんな森が書いた『日本国憲法』は、自分の頭と言葉で憲法を、そして日本という国を考えたい人たちにとって大きな手助けになると思う。