従来、禁書「国体の本義」は、日本が狂った方向に進んだ集大成的な文書と見られていた。
著者は、この本を日本の神話・歴史の中で詳細に読み込み、日本の社会が欧米の理性万能のアトム的な人間観・世界観(契約社会)とは位相を異にし、「和」「まこと」を基本原理とする一如の世界であり、生活の基本は個人でもなければ夫婦でもない家という共同体であり、祭祀共同体と読み解きしている。そして、重要なことはこの原理は見えない原理である。イギリス・イスラエルの非成文憲法のように。
世界共通の普遍的な祭祀、政治、教育というものは存在しないが、現下の日本では普遍主義によってそれらが壊されようとしている。「親米保守」なる奇妙な言葉があるが、本来「親日保守」しかあり得ない。アメリカには「親米保守」、中国には「親中保守」というように。
わが国における真実の改革は復古であり、反復によって天地開闢に至ることである。
日本において神々と人間は連続している。思想は人間生活の中に埋め込まれている。
禊祓、二礼二拍一礼は数値化できない超越的世界に関する感覚を研ぎ澄ますのに最適である。
ある国家が存続するためには固有の文化を必要とする。われわれの祖先は仏教、儒教、老荘思想を土着化させてきた。
「国体の本義」は、その時点での日本国家の内在的原理の集大成であり、著者の読み解きは現時点での集大成である。(恣意的でなく、復古であり、反復であるということ)
普遍主義の呪縛を解き放すには、わが国体を再発見するのだ。そうすれば現下の危機的状況から抜け出す光が見える。でこの本は終わる。