司馬遼太郎さんは「よくやった過去というものは、密かにいい曲を夜中に楽しむように楽しめばいい」と書いていますが、社会的な組織でもサッカーの代表チームでも、長い間、苦労が結果として報われない中で、密かに決意を固めて頑張ってきたことが、望外の成功を収めたという物語を、時々は密かに味わうことは許されると思います。すっかり忘れられているかもしれませんが、日本代表チームの敗北を求めるみたいな"評論家"もあらわれる始末で、南アワールドカップ自体も「アフリカの国にあんなビッグイベントを運営できるのか」とか「犯罪が多すぎて安全面を考えても代替地でやるべきだ」という論調に充ち満ちていました。
だから、宇都宮さんのように、楽天的といいますか、コンフェデレーションズカップなどで訪れていた南アの素晴らしさを伝道師のように語る向日性を表現していた人は少なかったと思います。日本代表も南アワールドカップも、前評判を覆すような鮮やかな本番でのパフォーマンスを見せてくれたのですが、宇都宮さんのこの本は、現地から毎日、インターネットメディアに寄稿していたライブ感を残しつつ、しばしの間、幸福感に浸っていたあの頃を再び味あわせてくれます。
《ほんの1ヵ月前までは「日本、弱いね」とか「何で岡ちゃんが監督なの?」といったことを平然と口にしていた連中が手のひらを返して浮かれていることに、きっとあなたはにこやかに対応しつつ、心の中では舌打ちをしていることだろう。そんなあなたの状況が私にはとてつもなく羨ましい》というデンマーク戦後の結びの文章は、一瞬だったにせよ、とてつもなく幸福だった、あの瞬間のことを思い出させくれます。カラー写真も素晴らしいものばかり。366ページという新書にしては大部な本ですが、多幸感とともに読み終えることができました。