この本の素晴らしいところは、仏教の原点であるインドを常に参照し、これとの比較で日本仏教の特質を浮かび上がらせているところだ。インドの原典に当たって比較検討する、じつはこれは非常に大変なことなのである。
たとえば、「インドでは草木成仏(生きとし生けるもののすべてが仏になれる意)はほとんど問題にもならなかった」とは、日本仏教の本質理解に不可欠だが、これは膨大なインド原典渉猟の蓄積があって初めていえることなのである。このことからしても本書の価値がわかるだろう。特質というものは比較することによって初めて浮かび上がるものであることを改めて思わされる。日本のみを語る日本文化論は独善に陥るということも。
何事においてもそうだが、とくに文化を語るとき、比較の視点は不可欠なのである。最近の出来事だが、インドでの礼拝作法を論拠とする説得力ある新説によって、本書でも紹介されている梅原法隆寺論が論破された(武澤秀一『法隆寺の謎を解く』ちくま新書)。これもインドを比較・参照することによって得られた成果であった。