Would you like to see this page in English? Click here.

この商品をお持ちですか? マーケットプレイスに出品する
日本人は思想したか (新潮文庫)
 
イメージを拡大
 

日本人は思想したか (新潮文庫) [文庫]

吉本 隆明 , 中沢 新一 , 梅原 猛
5つ星のうち 5.0  レビューをすべて見る (4件のカスタマーレビュー)

出品者からお求めいただけます。



キャンペーンおよび追加情報



商品の説明

内容(「BOOK」データベースより)

縄文人と弥生人、反目から共存への図式。「あいだ」の表現としての歌。城壁なき律令国家の誕生。仏教変容の宇宙的規模。「近代の超克」は、更なる超克へ…。極東のこの島国で連綿と演じられてきた精神のドラマ。その独自性と真価を、広く世界をも見すえつつ徹底検証する。常に時代と切りむすんできた三知性が集い、火花を散らした全記録。五つの鼎談が今、価値大転換期の混迷を照らす。

登録情報

  • 文庫: 343ページ
  • 出版社: 新潮社 (1998/12)
  • ISBN-10: 4101289212
  • ISBN-13: 978-4101289212
  • 発売日: 1998/12
  • 商品の寸法: 15.2 x 10.6 x 1.4 cm
  • おすすめ度: 5つ星のうち 5.0  レビューをすべて見る (4件のカスタマーレビュー)
  • Amazon ベストセラー商品ランキング: 本 - 67,734位 (本のベストセラーを見る)
  •  カタログ情報、または画像について報告

  • 目次を見る

この商品を見た後に買っているのは?


この商品につけられているタグ

 (詳細)
タグをクリックすると、タグがつけられた商品、タグをつけた人が表示されます。※タグは初期設定で公開になっています。詳しくはこちら
 

 

カスタマーレビュー

星4つ
0
星3つ
0
星2つ
0
星1つ
0
最も参考になったカスタマーレビュー
5 人中、5人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
形式:文庫
10年くらい前から仏教、神道など宗教的なるものに関心をもつようになった。つんどく状態だったこの本を最近読んだ。知的刺激に満ちている。中身は濃く、口語で読みやすいがレベルは高い。しかし、丁寧な注釈が豊富にあり、専門知識がなくても理解できる。とくに第一章の「日本人の思想の土台」は抜群に面白かった。自分なりに感じていた獏としたものに具体的な裏付けと明解な仮説があったからだ。「日本人は体系的で、普遍的な思想はわからなかった。あるのはあいまいな思想のマトリックス」〔中沢〕。「日本で思想的なものを見いだそうとすると、その多くは宗教や文学の世界にある」(梅原)。明治以降、日本の神道は国家神道化されたが、律令制時代、仏教伝来時に一度国家神道化している」(梅原)。「日本の神道は二重構造で、伊勢神宮的なものと村の鎮守的なものがあったが、仏教が神仏習合の方向づけをした」(梅原)。西洋的思想ではアミニズムは原始的とされているが、私はかねてから納得できないでいた。しかし、「アイヌの神を表す言葉は古代日本語の一部であり、アイヌ、沖繩、日本をつなぐものが<日本的なるもの>で、それはネイティブ・アメリカン、アボリジニ、ケルトにも通じる」という中沢氏の指摘は我が意を得たりと感じた。ハンチントンの「文明の衝突」には違和感を感じていたが、4章の<地下水脈からの日本宗教>では、一神教の起源と多神教の近代に触れている。多神教により根源的な<グレート・スピリット」の存在という考え方がある、という点にとても興味を持った。今後の問題としては、「人間中心主義の限界と科学技術と、グレートスピリッツは矛盾しない、」とい発言は非常に示唆的だ。さて、希望なき社会・日本はこれからどう思想するのか。
このレビューは参考になりましたか?
12 人中、10人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
95年の対談 2003/5/29
By amazon
形式:文庫
現時点でこの鼎談を読み返すと、ある種の感慨にとらえられる。この後、吉本も中沢もサリン事件の余波を巡って波瀾に晒されることになる。そこで両者の軌跡は対応しつつも屈折して照応する。その後付けをしてみる。この対談は95年6月に出され、吉本の母型論がその後11月に出されている。中沢は5月に宮沢賢治を論じた「哲学の東北」を出しているが、翌年、「純粋な自然の贈与」を出している。吉本の母型論の中の「贈与論」、「哲学の東北」「純粋な自然の贈与」共に、マルセル・モースの贈与論が大きなテーマとなっている。その頃フランスではモーリス・ゴドリエのやはりモースを主題とした「贈与の謎」が出されているが、この書はバタイユの創刊した雑誌「クリティック」に当時やたら引用されていた'!''ら中沢も知っていたのかも知れない。「読書の方法」にある対談を見ればわかるように、中沢は吉本をかなり援用している。「東方的」の中の四次元の記述や、「はじまりのレーニン」に帰結するようなロシアの思想家達についての記述は、「世界視線」そのものである。ただ中沢は足して二で割るというか、どちらにもわからないような中間の引用の仕方をしており、読者は例えば当時で言えば柄谷等の海外思想と吉本とどちらともいえないような感じで中沢を読むのであった。オウム真理教の問題はマスメディアの騒乱の問題であり、微妙な身体的過程を重視する筈のチベット仏教とは逆の方向の問題である。中沢の引用するハイデガーの技術論ではないが、暴露と挑発をもとにする近代的技術の前には混乱の山が積み重ねられ!!るばかりなのである。吉本は他のところでこの所謂「情報化」の問題を「引きこもり」ではなくて、「引き出し症候群」と呼んでいる。吉本的にいえば現在学者等によって議論されている情報とは文明の外在史に属する部分だけであり、精神の内在史の方はほったらかしになったまま技術論議と情報=心という(吉本によれば)乱暴な議論が進んでいる状況の現れなのである。
このレビューは参考になりましたか?
2 人中、2人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
形式:文庫
10年くらい前から仏教、神道など宗教的なるものに関心をもつようになった。つんどく状態だったこの本を最近読んだ。知的刺激に満ちている。中身は濃く、口語で読みやすいがレベルは高い。しかし、丁寧な注釈が豊富にあり、専門知識がなくても理解できる。とくに第一章の「日本人の思想の土台」は抜群に面白かった。自分なりに感じていた獏としたものに具体的な裏付けと明解な仮説があったからだ。「日本人は体系的で、普遍的な思想はわからなかった。あるのはあいまいな思想のマトリックス」〔中沢〕。「日本で思想的なものを見いだそうとすると、その多くは宗教や文学の世界にある」(梅原)。明治以降、日本の神道は国家神道化されたが、律令制時代、仏教伝来時に一度国家神道化している」(梅原)。「日本の神道は二重構造で、伊勢神宮的なものと村の鎮守的なものがあったが、仏教が神仏習合の方向づけをした」(梅原)。西洋的思想ではアミニズムは原始的とされているが、私はかねてから納得できないでいた。しかし、「アイヌの神を表す言葉は古代日本語の一部であり、アイヌ、沖繩、日本をつなぐものが<日本的なるもの>で、それはネイティブ・アメリカン、アボリジニ、ケルトにも通じる」という中沢氏の指摘は我が意を得たりと感じた。ハンチントンの「文明の衝突」には違和感を感じていたが、4章の<地下水脈からの日本宗教>では、一神教の起源と多神教の近代に触れている。多神教により根源的な<グレート・スピリット」の存在という考え方がある、という点にとても興味を持った。今後の問題としては、「人間中心主義の限界と科学技術と、グレートスピリッツは矛盾しない、」とい発言は非常に示唆的だ。さて、希望なき社会・日本はこれからどう思想するのか。
このレビューは参考になりましたか?

クチコミ

クチコミは、商品やカテゴリー、トピックについて他のお客様と語り合う場です。お買いものに役立つ情報交換ができます。
この商品のクチコミ一覧
内容・タイトル 返答 最新の投稿
まだクチコミはありません

複数のお客様との意見交換を通じて、お買い物にお役立てください。
新しいクチコミを作成する
タイトル:
最初の投稿:
サインインが必要です
 

クチコミを検索
すべてのクチコミを検索
   
関連するクチコミ一覧


リストマニア

リストを作成

関連商品を探す


同じキーワードの商品を探す









この本は、それぞれの上記のテーマに含まれています。

フィードバック