鶴見俊輔ほど誤解を受けやすい思索家も珍しい。そして彼の対立軸として引用されるのは丸山眞男がその殆どでもある。がしかし内実を見れば鶴見と丸山が本質的に対立しているとの要素を見いだすことも困難である。
今回出版されたこの本で注目したのは「日本人の心“一番病”」そして「名刺」の話だった。「一番病」に象徴されるのは明治維新以降の日本のあり方、それもアジアの中での日本のスタンスのことであり、この辺りは丸山の認識と何らの変わりはない。むしろ丸山よりも過激とも感じられる表記すら見られる。そして敗戦後の日本が新たな目標と見定めたのはアメリカだった。丸山が比較対象の相手として意識していたヨーロッパとは異なり、一つの陸塊であるにもかかわらずその広大な国土ゆえに供給と需要を「内部で」満たすには十分な余地もある。それが逆にアメリカ自身の過信もしくは誤解を招く原因ともなったことを鶴見は見抜いている。ベトナム戦争当時、鶴見は自らが加わるベ平連の中にあって「この戦争の意味」を問いその無意味さを訴え続けてきた。では何が彼をそうさせたのか。「一番病」に取り憑かれた者の未来に待ち受ける自滅とその悪夢が彼の頭をよぎっていたこともこの本の端々からうかがい知る事ができる。
そして「名刺」の話。これほど痛烈に日本社会が抱える病気を言い当てている問題を正面から採り上げている話も近年では珍しい。名刺には肩書きが記されている。しかしながらその名刺が通用するのは会社と会社の間、会社内部での関係でしかありえない。ひとたびプライベートな場になれば名刺など通用しない。一人の「個人」でしかない。にもかかわらず、肩書きが通用する日本独特の社会が意味するモノとその背景にある意識そして両者のもたれ合いなどは形を変えた日本の中世社会に見られる「院政」の姿に重なって見える。
80年代半ばの「超整理」などに始まる現代の「断舎離ブーム」にあって「残すべきモノ」と「捨ててもよいモノ」そして「捨てるべきモノ」の境界線が磨りガラスを通して見える物のように朧気になる中で、鶴見俊輔の言葉が語る意味は重い。